運命の出会い①
この小説は三人称視点となっております。
それは、5月の時の話だ。
4月から晴れて高校2年生になった有森章太という少年は、一匹の猫と出会った。
出会いはひどく雨の降っていた夜。クラブ帰りの途中に、その猫は居た。
電柱柱の横の段ボールに無造作に入れられていたそのか細い声は、章太を引き止める力があった。
章太は考えなしに段ボールをそのまま家へ持ち帰り、母親である紀美子への説得を試みようとした。
おおよそ一時間。説得は大変だった。
それもそのはず、章太は一度もペットを飼ったことが無い。更に本人もずぼらな性格なので、紀美子は本当に世話が出来るのかと何度も何度も問い詰めた。
「母さん。俺、絶対頑張るから。お願い!」
章太は思いっきり頭を下げて言う。
「母さんは手伝いませんからね。この子の命は自分で見るのよ」
あまりの真剣さに諦めた紀美子が言うと、章太は顔を上げ、輝かせた目で返事をした。
この猫との出会いは、何か運命的なようで惹かれるものがあるんだ。そう確信した章太の返事は、とても活きの良いものだった。
それから、10日間が経ち現在に至る。
猫をスーと名付けた章太は、飼い方について素人ながらたくさん勉強しほぼ一人で世話をする。
そのお陰か、痩せこけたスーはすっかり丸々と肉付きが良くなり、元気になっていた。
「ニャーン」
スーはすっかり章太になつき、章太もまたスーの可愛さにメロメロであった。
「じゃあ、行ってくるなスー」
章太は学校の荷物を持つと、運動靴を履いた。するとスーは部屋に戻ってしまう。
「(あれ、今日はなんか冷たいな)」
そう思った矢先、なんとスーは体操服袋を引きずりながらこちらへ戻ってきた。
「あ、あぶねー。体操服忘れてたな」
「ニャー」
章太は体操服袋を手に持ち、空いた方の手を使ってスーを撫でた。
「ありがとな」
そう言い残し、スーが脱出しないように注意を払いつつ、玄関のドアを開けた。
それにしても、なんて賢い猫だろうと章太は不思議に思った。
偶然かもしれないが、以前にも似たようなことは何度もある。 例えば紀美子が落とした財布を届けに来たり、章太の無くした漫画等も直ぐに見つけてくれたこととかだ。
「うちの子は、凄いなぁ……」
思わず声に出して言ってしまう。これではただの親バカだ。
それでもやはり、この才能はただならぬもの。
ようし。学校に着いたら徹平に話してみよう。そう思いながら章太は足取りを軽やかに、いつもの通学路を歩いた。
通学路、といっても長くはない。
章太の家から学校にはおよそ3分程しか、かからないからだ。つまり、授業ギリギリでもなんとかなる訳で。
「よっ!」
教室に着いた章太に、早速話しかけてきたのは、章太の小学生からの親友である藤田徹平であった。
腐れ縁なのか、今年も同じクラスである。
「おっす。あのさ、聞いて欲しい話があるんだけど」
「んー、何だ?」
『ピーン……ポーン……カーン……コーン……』
猫の話をしようとしたタイミングに、ちょうどチャイムが鳴ってしまった。
立ち話をしていた生徒達は、ゾロゾロとそれぞれの席へ戻る。章太達もそれに合わせて席へ戻ることにした。
すると、教室に腹の飛び出た大きな男性が入ってきた。北原先生だ。
「代議員ー」
そのまま真っ直ぐ歩いてきた北原は、教卓に止まると号令を促した。
「きりーつ!」
クラスの代議員が言う。
『ガタン!』
勢いの良いイスの音が教室内に響き渡る。
そして、北原は生徒に着席を命じた。
一時間目、保健。
ただ黒板に書かれた文字を板書するだけの作業。寝れば容赦なく減点。
故に大変つまらない授業だ。
「今日は性についての授業だ。まず……」
先生の話をクラスメイト達は、顔を上げ聞いている。だがその顔はどれも活気良くはない。
手はシャーペンを動かしているだけだ。
だって性のことなんて教えられなくても誰でも知ってるに違いない。男子なら尚更。
毎日毎日同じことの繰り返しで、学校は退屈である。それを先生は仕方ないと言うだろう。
そりゃそうだ、学校は勉強しにくるだけの場所なのだから。
「教科書の56ページを……そうだな、西井読め」
「えっ……」
56ページに書かれてあるのは、如何にも恥ずかしい内容であった。
「(エロ親父め、よくやった)」
章太の心の中は煩悩で一杯となった。
「…………」
「そこまで。今読んでもらったところは……」
しかし、声が小さくて全然聞こえない。章太は心の中で舌打ちをすると、見るからに残念そうにする。
章太だけじゃない。クラスの男子は皆聞き耳を立てていただろう。男とは最低なものである。
章太は肘を机に立て、ふと窓を見た。
この退屈な日々に、何か起きないだろうか。
空は青く、どこまでも澄み渡っている。あぁ、あの鳥のように自由に飛べたなら良いのに。
そうして今日もたわいもない日々が過ぎようとしていた。