98.リクレス城――88
「……方策? 一応言っとくと、今アンタはウチの最終防衛線よ。ベムテから来てる連中以上にね。くだらない策で無駄に負傷するような事は許さないわ」
「お気遣い恐縮ですが、今回私が表に出る事はありませんのでご心配なく」
「ならいいけど。……別にアンタを心配したわけじゃないから。勘違いしないでよね」
「心得ております」
ミア様がそういうスタンスなのは理解しているし、俺に価値を見出していてくれているだけで満足だ。
そう思って頷くと、当のミア様はどこか呆れたように溜息をついた。
……これはどう捉えたものか?
「はぁ……それよりその方策とやらを話しなさい。どうしても伏せておきたいっていうなら考えないでもないけどね」
「策とは申しましたが内容はメアリ殿たち任せです。奇襲なら十分通じるでしょう」
「ふぅん? 私にはよく分からないけれど、それだけで何とかなるものなの?」
「無論、彼女たちの練度あっての事です。それに……多少の魔災なら今からでも起こせますから。最悪の場合はそれで援護するつもりです」
「……アンタが出来るって言うなら出来るんでしょうね。でも面倒な代償があったりしない? それと、領地に犠牲を強いるようなら却下よ」
「どちらも問題ありません」
「それ、機密事項よ。部外者に知られたらリクレスの兵力がどうとか言ってられないくらいの大問題になるから」
「承知しました」
実際、この大陸で魔災と呼ばれるレベルの魔法を使えるとなればそれだけで一騎当千の戦略的価値はあるだろう。
流石に俺でもそれくらいは分かるし、元より余程の事情でもない限り大規模な魔法を行使するつもりはない。
「じゃあ早いとこメアリ殿に連絡を回さないとね。行ってらっしゃい」
「畏まりました」
一礼して退室し、メアリに割り当てられた部屋へ向かう。
……気配が無いな。
まだ彼女が俺の感知を欺けるとは思えないし、そうなると他に居そうな場所は……。
少し考え、足を向けた先はリディスの部屋。
「失礼致します」
「はーい……シオンさん? どうかしましたか?」
「いや、メアリ殿を探してるんだがここにも居ないのか」
「ああ、あの方なら今はお風呂ですよ。一緒にと誘われたんですが、その……身の危険を感じまして」
「……がんばれ」
風呂なら仕方ないな。
アプローチの方は……俺から口出し出来るものでもないし、頑張れと言う他ない。
「でもシオンさんは騎士団の皆さんと出ていたはずでは? 何かあったんですか?」
「ああ。ちょっと敵が迫っててな」
「どれくらいの規模なんです?」
「大体二千ってとこだ」
「二千!? それってメアリさん達で何とかなるんですか!?」
「向こうは練度も低いようだし、正面から当たらなければいけるだろ」
「……無理はしないでくださいね」
「今回の俺は正真正銘の裏方だ、そう心配するな」
その後も部屋に引き留められ、敵軍の情報を話しながら過ごすこと十分余り。
部屋のドアがノックされ、湯上り姿のメアリが顔を覗かせた。
「お待たせしました。次はお姉様も是非――」
「――メアリ殿。主より言伝を承っております」
「し、シオン殿!? ……コホン。伺うと致しましょう」
だいぶ煩悩に塗れた顔をしていたメアリだが、俺の姿を確認すると慌てた様子で表情を引き締める。
その様子は何かを警戒して身構えているようでもあり……。
さっきのリディスの話と今の表情を合わせて考えると、実際一度ミア様から釘を刺してもらった方がいいんじゃないかとは思う。
が、今回は別の話。
迫っているキロード軍の事や、今のメアリたちなら奇襲を仕掛ければ十分勝算はある事をかいつまんで伝える。
「とはいえ、対外的にはメアリ殿の騎士団とリクレスの関係はあまり良くない方が都合が良いですね」
「ええ。ミア様からも、出来ればリクレスがメアリ殿たちを持て余していそうな印象を与えてやってほしいとの要望が出ております」
「ふむ……お二人が大丈夫と仰るならなんとかなるでしょう。要望についてもこちらで上手く演じてみせますわ。部下にはわたくしから話を通しておきますの」
リディスの反応からもう少し説得には骨が折れるかと思っていたが、結果は意外にも二つ返事での快諾。
それからは遅れて帰還したメアリの腹心数名も交えて、作戦立案の詰めが行われた。




