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97.リクレス城――87

「――ミア様、ご報告がございます」

「何? 入りなさい」

「失礼します」


 ミア様の執務室に通された俺はキロード領から向かってくる軍の情報を伝える。

 元々得られた情報自体もそれほど多くないため、報告は自然と手短なものになった。


「アンタは気配で確認したって言うけど、その情報は信用していいの?」

「はい」

「様子はどんな感じか分かる? 唆されて舞い上がってるとか、脅されてビビってるとか、そういうの」

「少なくとも……脅されている、という様子ではありませんでした」


 ミア様の質問に、感じ取れた気配を思い出しながら答える。

 指揮官らしき数人は士気も高かったが、他の大勢はやや低めといった印象だった。

 経験と照らし合わせるなら、軍としてはまぁ普通と言っていい状態……意気揚々とした数人以外は義務的に従っているといったところか。


「普通、ねぇ……」

「いかが致しましょう? 今なら山を崩してやれば戦わずして退けられますが」

「アンタの読みだと、そいつらが山を抜けるまではどれくらい掛かりそうなの?」

「最速で五時間。夜間の進軍を避けて休息をとるなら明朝ごろになるかと」

「なら今日は大丈夫ね。ほぼ全軍を動かしてるとなれば指揮を執っているのはレングラン……あの禿げ頭にそんな根性あるはずないもの」


 俺にはレングランが誰なのかも知らないが……ミア様がここまで迷いなく断じるならそうなのだろう。多分。

 それにしても、山崩しをすぐに採用しないという事は何か事情があるのだろうか?

 疑問が顔に出ていたのか、話を聞いていたエストさんが解説してくれる。


「今シオンが崩す事を提案した山はリクレス領と南部を繋ぐ唯一と言っていい確立されたルート。それを崩しては軍を撃退できても、今後の交通に影響します」

「な、なるほど……」

「それだけにあの山はミア様の命で定期的に安全確認を為されています。それゆえ単純に崩し難く、詳しく調べられれば怪しまれる原因にもなりかねません」

「事情も聞かずに先制攻撃したと疑われるのは避けたい、と?」

「……そういう事ですね」


 的外れと叱られるかもと思ったが、エストさんは意外そうな表情で俺の言葉を肯定する。

 ……いや、普段が普段だけに仕方ないのは自分でも分かるんだが。

 それでもその反応は少し不本意な気がしないでもない。


「でしたら、密偵一部隊に賊を装わせて夜襲を仕掛けるというのは如何でしょうか?」

「それが一番手っ取り早くはあるのですが……あいにくと、現在は皆出払っておりまして」

「西の戦線が思ったより長引いてるんだけど、セム=ギズルがここらの領主に調略を仕掛けてるのよ。それで炊きつけられた馬鹿共の頭を抑えさせてるの。ついでにベムテの方も東から来てる連中の相手でこっちまで手が回らないわ」


 ……思ったよりリクレスの戦力事情はギリギリだった。

 身の回りが平和そのものだったせいか、どうも平和ボケしていたらしい。

 ルビーやケサスの姿が無い意味も、気づきこそすれ深く考える事は無かった。


「――ところでシオン。アンタが育ててるベムテの連中をキロードの軍にぶつけたら勝ち目はある?」

「……まだ、無理ですね。今の彼女たちでは、四倍の兵力差を覆すには至らない」

「じゃあ質問を変えるわ。ベムテの連中をキロードの軍に勝たせる方法はある?」

「例の悪霊を出せば――」

「却下。今回それをやれば、リクレスに何か無視できない戦力がついてるのが明白になるわ」


 正体不明の戦力(悪霊)の存在は、領外に現れるからリクレスと関連づけられずに済む。

 リクレスに侵入した密偵など最初から存在しないのだから、消えたところでそれを始末した存在を立証できない。

 そんな言い訳が今回は使えないのだとミア様は説明する。

 ……なら、逆に。

 そのような枠も超えて、真っ当に考えれば人間には関与し得ない形でなら俺も手を出す事が出来るわけだ。

 それを念頭に置いて脳内で幾つか策を組み上げていく。


「……一つ、方策がございます」

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