96.リクレス城――86
「――はっ!」
「せぇい!」
「まだ甘いな。攻撃の合間に隙があるぞ」
「くっ……!」
全方位から繰り出される刃だが、馬上では立ち回りで凌ぐのも難しい。
とはいえ、まだタイミングは揃っていない。
先に命中する攻撃から順に叩き落としていけば十分に防ぎ切れる。
今日は普段とは趣向を変えて、騎乗した状態で訓練を行っていた。
俺をメアリ麾下の騎士たちが取り囲んで攻撃してくる形だ。
本来なら弓で遠距離攻撃を行う役もいるのだが、誤って同士討ちに繋がる可能性があったため今回は禁止。
馬を駆る経験はそう積んでいないし、騎乗したまま俺がフォローできるかも怪しかったから仕方ない。そっちの訓練はまた次の機会とする事にする。
本来、武術は人間同士の戦闘のための技術。
身体の使い勝手がまるで違ってくる騎乗時については想定していないし、それは天武剋流であっても例外ではない。
ウチの場合は芸風が広いおかげで技の一部が馬上でも使えるが、それでもそこが限界だ。
だから、実を言うと今回の訓練は俺の管轄外。
騎士にとって必要な訓練なのは確かだが、それに俺が付き合っているのは物の試しとかおまけとか、そういう表現の方が近い。
「っと――今のは良かったな。普通の相手なら今ので仕留められるはずだ」
「いや、たった今効かなかったじゃないですか~」
「別に戦場に俺みたいなのが溢れ返ってるわけじゃないからな」
「そんな戦場を地獄って言うんだと思います」
「馬鹿な事言ってないで次のグループ――ん?」
「どうしました?」
不意に感じたのは風に紛れるようなごく僅かな殺気。
いや……殺気とは少し違う。そしてだいぶ遠い。
速度は落とさず馬を走らせながら、俺は気配を感じた南東へ意識を集中させ――。
『へぇ、随分と貧相な軍ダね』
軍?
『境界線の手前に騎士が二百、兵が二千。なんで親切に教えてあげたかっていうと、真っ直ぐココに向かってるからさ』
ここって……リクレスに?
『そ。早いとこキミのご主人サマに教えてあげた方がいいと思うけど?』
カルナと思念を交わしながら、脳内に簡単な地図を広げる。
ここの南東に隣接してるのは……確かキロード領といったか。名前以外の情報は特に知らない。
カルナの情報によれば、今のペースで進み続けたとして明日にはリクレス領に侵入してくると思われる。
そこから直進するなら、最初の村に行き当たるまで四時間ほど。
更にリクレス城に到達するには二日程度。ただ、強行軍をとるなら時間は更に縮まるだろう。
近頃密偵たちは再び各地で暗躍しているらしく、残っていた数名も先日の交換でベムテに移ってしまった。
ミア様はどう対処するつもりか……。
『いや、まずキミが伝えないと対処以前の問題なんダけど』
それもそうか。
脳裏に響いたツッコミに頷き馬を止める。
「悪いが少し用事が出来た。俺は先に城へ戻るから、馬だけ頼む」
「え、シオンさん?」
騎士たちには申し訳ないが、元々俺はイレギュラーだったんだと自分に言い聞かせて馬を下りる。
……彼女らには今度適当なデザートでも振る舞って埋め合わせるとしよう。
そんな事を考えながら、俺は大急ぎで城まで駆け戻った。