95.リクレス城――85
メアリ麾下の騎士団に課す訓練内容を最初に増やした翌日。
今日は本来なら特に俺の方から訓練をつける事はない休日だったが、自由参加で更に新しい訓練内容の紹介をしてみる事にした。
「「「…………」」」
結果、五十人全員が見事に集まった。
俺が教えているのとは別枠のはずのリディスとメアリまで見物に加わっている。
ただ、見た感じ純粋にやる気があるのとは少し違うな。
昨日追加した訓練の内容が内容だし仕方ないか。
……それに、やる気という意味ではこれからもっと減るのが目に見えている。
「今回見せる訓練の内容は二つ。これは昨日のものと違って特に資質で内容が変わるような事はない。ただ……」
「ただ?」
「……先に重ねて言っておく、ここから先はあくまで参考だ。完全に再現する必要はない」
そう忠告すると、一部の騎士たちからごくりと息を呑む気配が伝わってくる。
いったい何を想像したのかは分からないが、今からする事はそれ以上に酷いと思うのは経験者の私怨からだろうか。
そんな事を考えながら黒塗りの木刀を手にぶら下げ、手近なところにあった木へ近づく。
今は需要が薄れ放置されているが、元々は材木としてこの地方で大量に育てられていた樹木の一つ。
外見は普通の木と言って万人がイメージする木そのもので……とにかく、今重要なのは俺基準で一抱えほどの幹の太さとテーブル程度の硬度を満たしている事だ。
「これは昨日お前たちに渡した木刀と大体同じもので、少なくとも強度で劣る事は無い」
さて……訓練なら話は別だが、今のこれはデモンストレーションだ。
流石に技までは使わないが、呼吸を整え全身に力を込める。
「――ッラァ!!」
まずは一撃。
力の全てを木に通し、身体の勢いは一切殺すことなく最初と全く同じ個所へと更に一撃。
渾身の威力を保持できる最高速度でサイクルを回し、無心に木刀を打ち付けること十回あまり。
幹を強引に断たれた樹木は鈍い音を立てて地に転がった。
「ちなみに開祖いわく基礎訓練らしい。よって技は一切使っていない」
「「「…………」」」
「あー……信じられないかもしれないが、他の訓練と並行していれば一日で木刀がめりこむくらいまでは出来るようになる」
「あ……あの……」
正直即座にダウト宣告喰らうくらいは仕方ないと思っていたんだが、それより先に騎士の一人が小さく手を上げた。
「なんだ?」
「わたしの木刀で、もう一回やっていただけますか?」
「お安い御用だな。ああ、やり過ぎると景観破壊になるから注意だ」
何らかの不正を疑われるのも仕方ない。
交換した木刀を騎士たちが検分しているのを横目に、受け取った木刀を使って同じ木をもう一度伐採する。
「あ、アタシの木刀でも!」
「いえ、わたしの木刀を」
「その次でいいので、私も……」
「実演ならいつでもしてやるけど、また今度な。今回の目的はそっちじゃねぇから」
二人目を皮切りに我も我もと始まったコールは手を広げて制する。
自分もやろうと思ってそうな奴は……ほとんどいないな。
当然だとは自分でも思う。
というか俺も初めて見せられた時はふざけんなと思った。
「……一つ、質問しても良いだろうか」
「どうしたサシャ?」
「最初の段階であれば、技を使っても構わないか?」
「感覚を掴むって意味ならアリだな。というかそれは打ち込みだ。どこの流派でもやってる事だし、普通に鍛錬の王道だと思うぞ」
「そうか……それもそうだな」
そう言うと寡黙な少女は納得したように一つ頷く。
まぁ身体を鍛えるには最も適した時期とか条件が色々あるんだし、そもそも彼女らは別に流派の全てを受け継ぐ義務を負ってるわけでもない。
だからこれはあくまで参考。
真人間から少し足を踏み外す意思のある奴だけ、この修羅の道に踏み込めばいい。
……というか、最初の内はこの訓練に一日の全てを奪われる事になるからな。
他に仕事もあるリディスや密偵たちには教えられなかった理由もそこにある。
ちなみに次に見せた訓練は、両手に持った満タンのバケツから水を一滴も零さずに城を百周するというもの。
パフォーマンスだから一周しかしなかったが、何度やってもこの訓練はおかしいと思う。
水滴が地面に落ちる前にバケツで回収できればセーフなんて救済がなければ、たぶん今の俺でも百周は無理だ。
……ふと、この世界に戻ってきたときカルナに身体の事を驚かれたのを思い出した。
それはこんな訓練を十年以上もこなしてきたら普通の身体でいられるはずもない。
ちなみにカルナはシオンの記憶参照しているので
合流後数日で今回語られた辺りの事情は把握してます