9.リクレス城――8
その日の晩。
一度花畑に引き返してカルナの注文通りの花を摘んだ後、俺はリディスの部屋の前に来ていた。
ドアをノックすると、扉はすぐに開いた。
「リディス、今晩良いか?」
「へっ? えぇええ――あー……鍛錬の話ですか?」
「ああ。今日は割と休みみたいなものだったし、体力的にも大丈夫だろう?」
「んー……はい。お付き合いしますー」
意表を突かれたようにきょとんとしたリディスの顔に瞬間的に赤みが差し、かと思うとあっという間に何かを理解したような顔になる。
二転三転した表情は結局呆れに落ち着いた。
何事か考えていたようだが……ともかく頷いたリディスと、城の外にある鍛錬場へ向かう。
「どうぞ」
「助かる」
「お前が持ってるのは破、迅と……」
「あとは戦と、一応堅の型もです。父の授かった型は全て継ぎました」
「流石だな。じゃあ今回は双の型を教えておくか」
リディスが差し出した双剣を受け取る。
帯剣禁止とはいえ、こういうプライベートで持ち出す分には問題ないはずだ。
使用人仲間にも一人、ちょっと危ないレベルで刀剣趣味のメイドがいる。
まあ、それはさておき……。
最初の手合せを思い出しながら、リディスが持っている型を推測する。
『型ってなんダい?』
多分お前の興味ある分野じゃないはずだ。
流派ごとに持っている、コンセプトで分けられた技術の体系を指す。
確か天武剋流の型は百近く。
普通はその内一つを極めるのに一生を要するくらい奥が深く、俺も全ての型を十全に使いこなせるわけじゃない。
師は弟子に己の知る型を授け、弟子もいつか師となって誰かに型を託す。
こうして流派と型は広まっていくわけだが、全ての型が弟子に受け継がれるとは限らない。
必然的に、必ずしも自分に合った型と出会えるとは言いきれなくなる。
だから旅に出る等して同門との試合で自らの型を磨いたり、新しい型を探したりする奴もけっこう多くて――。
「シオンさん?」
「ああ、悪い。ちょっとカルナに型を説明していた」
「……! まだ、居るんですか?」
「もう身体は弄らせてない。ミア様に要らん噂が立っても困るからな」
リディスはカルナの存在を知っている。そもそも勇者時代に異形の姿を見られてるし。
割と悪魔の自由に自分の身体を改造させてるのを知られた時は、かなり怒られたものだが……。
いや、深く思い出すのは止めよう。
忘れ難い言葉ではあったが。
双の型は双剣に限らず、両手に別々の武器を持った時全般に特化した型だ。
これまでリディスは片手武器の型を応用して戦っていたが、これを覚えれば行動の幅は更に広がる。
一通りの動きと技を教えると、リディスはすぐに覚えた。
試しに緩い手合せで確かめても、教えたばかりとは思えない程に使いこなしている。
元から見様見真似で俺の技を盗むようなこともあったし、才能にも恵まれているのだろう。
「――まあ、こんなものか」
「今日の用事って、これだけですかー?」
「いや……悪いが、手合せに付き合ってくれないか」
「もちろんです」
二つ返事で快諾。
距離を取り、互いに双剣を構えて向かい合う。
互いに呼吸を測り――。
「先手は貰う」
駆け出しざまに一言。
殲の型、旋嵐。
身体全体の回転から放たれる一撃は、複数の相手をまとめて吹き飛ばす力技だ。
リディスは刃の根本に剣を合わせることで正面から受け止めた。
手元をひねり刃を返して繋げた追撃は体捌きで凌ぎつつ、まともに剣で打ち合える間合いまで下がっていく。
「ッ!」
「く……っ」
続いて放ったのは双の型、砕雨と呼ばれる連撃。
リディスの対応は、堅の型による防御だった。
本来なら愚策。
だが……リディスは耐えきる。理由も薄々気づいてはいた。
連撃が終わってリディスが防御を解いた直後、強引に砕雨を繰り返す。
リディスがその隙を見逃すはずもなかった。
文字通り雨の如く降り注ぐ刃を薙ぎ払った一閃は破の型、即といったか。
二の刃を蹴りで防いだのは悪足掻きのようなもの。
軸足を払われて倒れた俺の首のすぐ横に、刃が突き立てられた。
「気は、済みましたか?」
「……ああ」
投げかけられたのは静かな声。
リディスは俺の上から退くと隣に倒れ込む。
「シオンさん。昼ミア様が求めたのが、もしエストさんやわたしの腕だったら……どうしました?」
「やっぱり自分の腕を斬ってただろうな。最悪、俺のは必要ならまた生やせる」
「……」
「お前の言葉を、忘れたわけじゃない。だが……一度、俺は主を裏切った。その罪を誤魔化すことはできない」
「……それでも……償う方法は、一つじゃない。目の前に示された手段が、本当に償いになるとは限らない。……そう、思います」
「肝に銘じる」
囁くような言葉は声量に反して強く響いた。
……リディスからは、教わってばかりだな。