89.リクレス城――79
「ッ……!」
伝わってきた手応えは直前の見積もりを大きく上回るもの。
歯を食い縛る事で駆け抜けていく衝撃に耐え、身動きがとれるようになると同時に飛び退る。
激突の瞬間に少しばかり力を抑えた事もあり、ぶつかり合った力は以前セルバの「焔閃牙」と打ち合った時より僅かに劣るはず。
事実として破壊力そのものはほぼ見立て通りと言っていい。
だが、ウェンディの斬撃はともすればセルバ以上に重かった。
分析しながら剣を構え直そうとすると手元に違和感。
俺の剣は刀身半ばから真っ二つにへし折れていた。
見れば姿勢を整えるウェンディの大剣も同様の有様だ。
さて……互いに武器破壊という状態になったが、この試合は続けるべきか。
俺が聞こうとするより早く、ウェンディの方が口を開いた。
「シオン。今の一撃、加減したな?」
「それは……」
「いや、構わん。お前がもしあのまま全力で剣を振るっていれば、私も剣を断たれるだけでは済まなかっただろうからな」
俺が答えあぐねているとウェンディは一人頷き、落ちている大剣の刀身を拾って鞘に納める。
そのまま大剣の柄の方も鞘に戻そうとして、ふと女剣士は動きを止めた。
「それにしても、度重なる戦いを共に切り抜けてきた良い剣だったのだがな……ああ、これでは次の戦いで不覚を取ってしまうかもしれん」
「む……」
独り言のように呟きながら大仰に溜息をついてみせるウェンディ。
その視線がわざとらしくこっそりと、俺と剣の間を往復する。
……これはもしかして下手を打ったか?
戦いの昂揚が収まり、代わって嫌な予感が背筋に忍び寄ってくる。
「はぁ……愛剣を失って低下した力の分、補ってくれる剣士でも新たに我が麾下へ加えられないものか……」
「――お戯れを、ウェンディ殿。ところで試合は決着したという事でよろしいでしょうか?」
「済まん、少し意地が悪かったか。……これほどはっきり力の差を思い知らされるのは久しぶりでな。分かっている、剣の事ならもちろん私自身の責任だ」
審判をしていたリディスが視線を遮るように俺とウェンディの間へ割って入る。
……どうやら大剣を駄目にしてしまった事については不問で済んだらしい。
内心胸を撫で下ろしつつ意識を武芸者から使用人へ切り替え、そこからはリディスと共にウェンディをエスコートして城まで戻った。
それから少し身なりを整える時間を挟み、俺は指名されてミア様たちの晩餐に同席していた。
雑談やよく分からない話を聞きつつ給仕に専念する事しばし、話題は俺とウェンディの決闘の事に移っていた。
「――実際、私の知る限りでもシオンに匹敵するほどの実力者はほぼいないと言っていいだろう」
「ほぼ、と言いますと?」
「私の師なら、或いは良い勝負になるかもしれん。今頃どこに居るのかも分からない人だから、実現させられないのが残念だが」
「そうですか……では、こちらでもその師匠様を探してみましょうか?」
「ん……そうだな。無理にとは言わないが、何かのついでにでも少し調べてもらうというのはありかもしれん」
ウェンディの話すところによれば、彼女の師はフェルクスと名乗ったらしい。
流派と同じ名前……新たに武門を起こしたという事だろうか。
年齢は俺やウェンディより少し上程度で、武器は種類を選ばず何でも使いこなしたとの事。
それならウェンディの動きが――いや、フェルクス流闘術の動きが他の武門とは全く異なる体系にある事や、大剣で使うには些か不自然な技の存在にも説明がつく。
しかしそのフェルクスがウェンディに一通りの技を授けて去ったのが六年前。
それほどの実力者の開いた武門が浸透していない事も、フェルクス本人が未だに無名という事にも疑問が残る。
『それはそのフェルクスとかいう人が武芸者として生きるつもりじゃかったダけの話じゃないかい?』
……その可能性はあるかもしれない。
そうすると今度は、どうしてそれがウェンディに技を教える事になったのかって謎を生むわけだが。
まあ武門云々を抜きにしても、どうすれば当時一国の王女だったウェンディに特に後ろ盾もない人物が技を教える事になるのかは分からないか。
気になるし直接聞ければいいんだが……使用人として主の客にそこまで踏み込む事はできないか。
にしてもカルナの推測が当たってたとしても、そのフェルクスってのは相当な変わり者だな。
『……それについてはキミも大概だと思うけどね』
どこか呆れたような声を残し、カルナの思念は引っ込んでいく。
……俺まで変わり者扱いされるのは微妙に納得いかない。
それはさておき。
夕食を済ませたウェンディはミア様の宿泊の誘いを断り、そのままリクレス城を後にしたのだった。




