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85.リクレス城――75

 ――更に翌日。

 流派が違う連中の扱い方には結論が出ないまま、今日も昨日と同じようにメアリ傘下の騎士たちに幾つかの型を教えていく。

 リディスの方も……様子は変わらないな。良くも悪くも。

 こちらも昨日と同じように、ひたすら打ち込むメアリに付き合うリディスという状況が続いている。


 ――と、そこに覚えのある気配が近づいてきた。

 何故こっちの方に来る……。

 頭を抱えたい気持ちを抑えつつ、相手の方を見て一礼する。


「――ご無事で何よりです、ウェンディ殿」

「ふっ、当然だ。それより……彼女らはお前が指導しているのか?」

「ええ」

「……そうか」


 一瞬だがウェンディの気配に険が混じった。

 すぐ平静を取り繕うと、彼女は近くにあった訓練用の剣を手に取ってみせる。


「ところでシオン。折角の機会だ、一つ手合わせ願えないだろうか?」

「申し訳ありませんが、主の許可なく勝手な真似をするわけにはいきませんから」

「それは主の命令か?」

「いえ。使用人としての心がけです」


 暗にミア様から使用人に徹する事を強制されているのではないかという問いに、はっきりと首を横に振る。

 ウェンディは視線の裏に全てを見透かそうとするような光を忍ばせて覗き込んでくるも、直に肩の力を抜いた。


「偽りは無い……か。出来た使用人だよ、まったく」

「恐れ入ります」

「ならば丁度いい。このままミア殿のところまで案内してくれ」

「畏まりました」


 メアリ傘下の騎士たちの動きに視線を通し、特に問題は無いのを確認。

 何かあれば頼むという視線にリディスが頷いたところで、俺はウェンディをミア様の執務室まで案内した。

 部屋の外から声をかけ、許可が下りてから扉を開ける。


「――これはウェンディ殿。此度の活躍は風の噂に聞き及んでいますわ」

「貴女も相変わらずだな。今日は戦勝の報告と、先日世話になった礼を伝えに来た」

「身に余る光栄です」


 交わされる言葉は他愛ないもの。

 だが、これで終わる事はないと直感が告げている。

 思わず内心身構える俺の前で、ウェンディは更に言葉を続けた。


「ところで一つ、訊きたい事がある」

「なんでしょう?」

「私はここに来る前、そこのシオンが外部の騎士たちに稽古をつけているのを覗かせてもらった。彼が彼女たちに授けた型は余程相性が良かったらしい。もう昨日とは動きに違いが現れ始めていた」

「そう、ですか。あいにく私は武芸には疎いもので……」


 俺は既に嫌な予感しか感じていなかったが、ミア様は何の裏も無いような態度で小首を傾げてみせる。

 そんなミア様の様子から何を読み取ったかは分からないが、ウェンディは苦笑してひらひらと片手を振った。


「ああいや、別に身構えなくてもいい。もう彼の処遇について吹っかけるつもりはないからな。これは単純な好奇心さ」

「お手柔らかにお願いしますわ」

「彼は他者を的確に導きその実力を伸ばす事も出来る。しかしここの騎士たちの実力は、貴女自身もよく言うようにお世辞にも精強とは言い難い。これは一体どういう事だ?」

「………………」


 その問いに対するミア様の反応は沈黙だった。

 ただ、返答に窮するとか答える事を拒絶するようなものではない。

 それならどういう意図なのかというと俺に読み切れるところではないが……だが、一つだけ分かる事がある。

 意識を集中して気配を探ると、微かに感じ取れるのは深淵から滲みだすような気迫。

 ミア様が何らかの勝負に出ようとしているのは間違いない。


「……そうですね。ウェンディ殿には包み隠さず話すとしましょう」


 そして、ミア様は殊更静かに切り出した。

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