84.リクレス城――74
――その翌日。
気持ちに整理をつけたいと言うメアリの申し出で、彼女の稽古の相手はリディスが務める事になった。
本来の予定なら彼女の担当になるはずだった俺はというと、メアリ傘下の騎士団の相手をしていた。
やる事そのものはルビーたち密偵に天武剋流を教えた時と大差ない。
まずは乱取りで個々人の戦力や適性を測り、その後一人一人に合った動きを教えていく形だ。
違いと言えば密偵たちの時のように裏で密かに行っているわけでもないから、天武剋流の型については門下に加わる事を望んだ者だけに教える事にしたくらいか。
既に別の流派に所属していた数人については角が立たない程度に動きのコツや戦いの流れの読み方を伝えるに留めた。
「――ふっ!」
「はぁあああ!」
「せぇいっ!」
そして、今は彼女たちが技の反復練習をしている様子を眺めている状態だ。
メアリの意向によるものか、彼女率いる騎士団は全員女性という珍しいものだった。
確かベクシス帝国の王女の一人が率いる騎士団もそんな感じだった気がするが、もしかするとそれを意識しているのかもしれない。
それはさておき、メアリの騎士団の練度は実戦経験に基づいてかそれなりに高いものだった。
装備の差を考えれば、俺が教える前のリクレスの密偵たちでも正面から戦えば勝ち目は薄かったと思われるくらいだ。
少なくとも異世界の村人にさえ敵わなそうなリクレスの騎士団の数倍の戦力なのは間違いない。
ちなみにリクレスの騎士団はと言うと、ミア様の意向で適当な任務に出払っている。
その辺りはまぁ、リクレスの弱兵って実態を保つための処置だから仕方ない。
彼女たちの動きに狂いが出れば分かるよう気を付けつつ、隣で訓練用の剣を打ち合わせているリディスたちに意識を向ける。
「たあああっ!」
「…………」
状況は一方的……というより、稽古と呼べるようなものでもなかった。
メアリはひたすら真っ直ぐに打ち込み、それをリディスが受け止め、或いは受け流す。その繰り返し。
自分の感情に整理をつけようとしているメアリの言葉に偽りは無いのだろう。
だが動きに混ざる雑念を見るに、彼女が迷いを振り払えるのは当分先の事になりそうだ。
「シオンさん、お疲れ様ですー」
「ああ、お疲れ」
やがてその日の訓練も終わり騎士団の面々を客室まで案内した帰り、リディスから声を掛けられた。
どうやら向こうも同じようにメアリの案内を済ませた後らしい。
「あちらの騎士団の皆さんはどんな感じです?」
「ウチの密偵の時もそうだったが、基礎が出来てるだけあって筋は良いな。ただ、流派が違う奴らがな」
「関係に亀裂でも?」
「いや、まだそういう心配は無い。問題はこれからだな。教える側が直接見ているのとそうじゃないのだと差は開いていくだろうし、それを抑えようと思えば少しでも実戦形式の試合を重ねるべきなんだろうが……」
「それって相手をするのはシオンさんなんですよね?」
「やるならそのつもりだ」
「それは……あまり良くないかもしれないですね」
「だろ?」
接待じゃないんだから必要以上に手加減する意味は無い。
ただ、そうすると絵面的には俺が他流派の相手をサンドバッグにしているように見えるわけで。
それを他意のない訓練の一環だと互いに認識するにはまだ信頼関係が十分ではないと思っている。
また、流派に身を連ね型を修めていたとなれば、これまで彼女らは他の騎士たちより頭一つ抜けた存在だったはずだ。
それが逆転していくとなると彼女たちの関係性に悪影響が出る可能性も心配になってくる。
「おかしい……」
「どうしました?」
「適当に型を教えるだけの話だったはずなのに、妙に懸念事項が多いぞ」
「そういう事でしたら一人で抱え込まずに、あちら側を率いているメアリ殿にも相談すればいいんじゃないですか?」
「今のあの方にそこまで気を回す余裕があると思うか?」
「そこが問題なんですよねぇ……」
「「「はぁ……」」」
途方に暮れた溜息が三つ重なった。
俺はさっき背後に現れた密偵に振り返る。
「それでリース、お前はどうしたんだ?」
「いえ、声をお掛けするタイミングを計りかねておりまして。……それと心苦しいのですが、一つお知らせする事があります」
「俺にか?」
「はい。……ウェンディ殿率いる騎士団は先ほど無事に小国連合軍への強襲を成功させました。明日にはリクレス領を通ってご帰還なさるものと思われます」
「……そうか…………」
リースによればリクレスの密偵たちは万が一に備えてウェンディたちと小国連合軍を監視に残っており、彼女だけ報告の為に戻ってきたのだという。
密偵たちまでついているなら、明日にはまず間違いなくウェンディが戻ってくるだろう。
もう揉めるような事は何もないとは思うが……しかし、何事もなく済むとも思えない自分がいる。
……胃が痛くなってきた。