82.リクレス城――72
「――破の型、即!」
「きゃぁっ!?」
大将首の声に視線を戻すと、ちょうど弾かれた訓練用の剣が床に転がるところだった。
周囲にいるメアリ参加の騎士たちも皆、自らの得物は遠くへ吹き飛ばされている。
……決着か。思ったより早かったな。
身内って事もあってか、ついリディスの実力を見誤っていたらしい。
「……美しい」
「え?」
「貴女の名を聞かせて頂けますか?」
「リディス・クディアーカと申します」
急に大人しくなったメアリが何事か言い出した。
いや、その様子は大人しいと言うよりも何かに魅入られているような……?
洗脳とは微妙に違う気がする不審さに首を傾げたとき、メアリは予想だにしない行動に出た。
「リディスお姉様ぁああああ!」
「な――って、危なっ!?」
何を思ったか、突然リディスに向けて飛び込むメアリ。
リディスは慌てて模造剣を避け、自分も身を躱そうとしたところでこのままだと床に全力で激突するメアリに気付いて硬直。
僅かに判断が遅れたところにメアリが抱き着いた。
常人ならそのまま押し倒されて後頭部を強打するところだがそこはリディスも一角の武芸者、どうにか踏み止まってみせる。
「嗚呼リディスお姉様、数々のご無礼をお許しください! このメアリの眼が曇っておりましたわ!」
「あ、あの……?」
助けを求めるように辺りを見回すリディスだが、メアリ配下の騎士たちも互いに顔を見合わせるばかり。
俺を見られても、こっちだって何がなんだか分かってないんだ。首を傾げるしかない。
姉妹……なわけない、よな。
それくらいは流石の俺でも分かる。
「あー、えっと……エストさんに報告してくるよ」
「申し訳ありません、お願いします」
声を上げたのはさっき俺が来てから事情を聞かせてもらったリクレス側の騎士。
本来なら使用人の俺が向かうべきなのだが、乱心したメアリに捕まって涙目になりつつあるリディスを置いていくのは良心が咎める。
幸い相手もその辺りは気にしないタイプらしく、この場は好意に甘えさせてもらう事にする。
ありがとう名も知れぬ茶髪の騎士。この恩は忘れない。
結局エストさんとリディスの二人がかりでも一向に落ち着かなかったメアリは俺が気絶させる事になった。
エストさんの指示で誰にも気づかれないようにとの事だったが、騎士たちの練度がそこまでずば抜けたものでもなかったおかげでそう難しい話では無かった。
メアリ側の騎士団の誘導はエストさんに任せ、ひとまずリディスと二人でメアリをミア様の元まで運んでいく。
「――と、いうわけです」
「……どういうわけ?」
説明を聞いたミア様の反応がこれ。
しばし頭を悩ませた後、このままでは埒が明かないという事でメアリを起こす。
「お姉様……はっ! わたくしはいったい?」
「御目覚めでしょうかメアリ殿」
「お姉さ――」
「メアリ殿」
っ……。
ここまでドスの効いたミア様の声、初めてかもしれない。
そのプレッシャーは再び暴走しようとしていたメアリさえ制してみせた。
そこまでしてようやく他の事に目が向くようになったらしいメアリがミア様に向き直る。
「ミア殿……? これは好都合ですわ。一つ提案がありますの」
「提案、ですか?」
「ええ。お姉様――リディスお姉様をわたくしに譲ってくださらない?」
……言い直してもお姉様呼びは変わらないのか。
堕ちやすい兄妹




