81.リクレス城――71
……嫌な予感がする。
メアリの本来の目的がリクレスの騎士団を鍛える事なのだから、彼女と一緒にいるリディスの気配が演習場にあるのは自然な事。
メアリたちとリクレスの騎士団がぶつかっているなら物騒な空気にも多少は納得がいくが……。
それにしても、感じ取れる気配に怒気というか不穏なものが少々混ざり過ぎている気がする。
リディスの事だし万が一も無いにしても、妙に揉める事態になっていなければいいんだが。
特に殴ってカタがつく問題でなければ俺一人行ったところで無力だからな。
そんな風に思いながら向かった演習場に居たのはリディスとウチの騎士団、そして自分の部下を率いるメアリ。
問題は殺気立つメアリの騎士団と一触即発で向かい合っているのが、リディス一人という事。
当のリクレス騎士団はと言うと、普段通り気の抜けた雰囲気で壁際に下がっている。
あの様子だと……一試合こそしたものの割とすぐに中断したって感じか。
闘いの痕跡自体は見受けられるが、本当に戦ったんならウチの騎士連中があの程度のダメージで済むはずがない。
それより、今は止めるべきだろう。
邪魔されないよう、とりあえず最高速で両者の間に割って入る。
「お待ち下さい。失礼ながらメアリ殿、この状況を説明して頂きたい」
「――はぁ? メイドの次は執事ってわけ!? 肝心の騎士共はやる気ないし、馬鹿にしてんのアンタ達!」
いや、説明しろっつってんだろ。何一つ状況が分からん。
どうやらメアリは激昂しててマトモに話は出来そうにないが……さて、どうしたものだろう。
何が拙いって、このままだと怒りの矛先がリクレス家自体に向きそうなのが相当に拙い。
仮にも近所の戦力だ、一応の友好関係がこれで崩れるなんて事になったらミア様にもどれだけ迷惑をかけるか。
「まぁいいわ、そこを退きなさい執事。先に舐めた真似をしてくれたのはそこのメイドよ」
「まずは落ち着いて――」
「いえ、シオンさん。ここはわたしに任せてください」
「だが……」
「これ以上話が拗れるとちょっと困るのでここは下がっていてください」
「む……」
反論しようとする俺に近づき押しのけるリディス。
簡単に引き下がるわけにはいかないと思うのだが、他の人間に聞こえないようにそう囁かれては下手に抵抗もできない。
見た分だとメアリの騎士団よりリディスの方が練度は上。
この状態で戦いが始まっても負けは無いだろうが……。
万が一の事でもない限り、見守る事に徹するとしよう。そう判断して大人しく下がる。
「――さぁ、覚悟なさい!」
メアリが訓練用の剣を振りかざすと同時、騎士団が一斉に動き出した。
対するリディスの得物は……双剣じゃない。
どういう事だ?
この状況なら手数を増やして敵の数に対抗するのが一番手っ取り早い。
しかしリディスは訓練用の片手剣一本を構えて騎士団にぶつかっていく。
「はぁああ――」
「戦の型、断鎧っ!」
「「「ッ!?」」」
「同じく戦の型、嵐舞!」
振り下ろされる剣に対し、タイミングを合わせた一閃で迎撃。
揃って攻撃を弾かれた相手が見せた隙を逃さず、広範囲をカバーできる連撃で敵の武器を弾き飛ばしていく。
戦の型は集団を相手にする事を念頭に置いた型。こちらは状況に即した無難な選択だと言える。
この分なら問題は無いか。
戦いの方には最低限の意識だけ残しつつ、俺は気配を消して壁際にいるウチの騎士団の方に接近。
最初この部屋に来た時、まだ深刻そうな顔をしていた一人の騎士に声をかける。
「――少しよろしいでしょうか」
「うわっ!? な、なんだ一体!」
「この状況に至った経緯を聞かせて頂けますか?」
「あ、ああ。最初はまぁ普通というか、予想通りだったんだけど……」
彼の話すところによると、リクレス騎士団が集められた少し後にメアリが到着。
最初は騎士たちがそれぞれ一対一で適当にぶつかる手筈だったが、リディスが他の騎士と比べても一段強いと気付いたメアリはリディスに相手を命じた。
実際は一段どころか、ウチの騎士団なら倍の人数でかかっても空いてにならないくらの実力差があるんだがそれはさておき。
手合わせをしていると、手加減されていると言ってメアリが激昂。
ならば意地でも本気を出させてやろう、という事で今に至るらしい。
相手は仮にも武勇を売りにしてウチに来たわけだし、顔を潰すわけにもいかないと考えたのだろう。
問題はそれを悟られてしまった事だが……まぁ、そんな事もあるか。




