8.リクレス城――7
「御馳走様」
「ごちそうさまでしたー!」
ほぼ同じタイミングでミア様とリディスがケーキを食べ終わった。
少し早めに食べ終えていたエストさんに手伝ってもらいつつ片づける。
「あ。シオン、ちょっと待って」
「なんでしょう?」
「折角の天気だし、散歩に出るわ。エストとリディスもついてきなさい」
「「「畏まりました」」」
リディスたちが支度する間に、俺は空いた皿を持って厨房へ戻る。
俺個人で準備するようなものは……特に無いな。
身嗜みも十分整っているし、帯剣は元より許可されていない。
庭に出て手入れの具合を確かめること数分、平民の恰好をしたミア様たちが現れた。
俺も着替えるべきだったかと焦ったが、リディスも執事服だし大丈夫だろう。たぶん。
「おじさん、林檎を一つちょうだい」
「あいよ! おや、執事さん方と一緒かい?」
「ええ、たまたま道が同じだったから。そう遠くないとはいえ、最近は何かと物騒だし」
「そうだな。嬢ちゃんも盗賊には気を付けなよ」
「ありがとう、用心するわ」
出かけた先は最寄りの村。
化粧で顔つきが変わっていることもあってか、自分が話しているのが領主だと気付く村人はいないようだ。
村の様子は全体的にのどかだ。
時間がゆっくり流れているような雰囲気に心も和む。
ミア様はその後も色々な店に寄りながら村を通り過ぎ……次に足を止めたのは一面の花畑だった。
溶け合うような淡い色をした無数の花が、風を受けて静かに揺れている。
『――あ、ちょっと幾つか採取してほしい花があるんダけど』
…………。
構わないが、後にしてくれ。
脳裏に響いたカルナの声に思考で答え、木陰に腰を下ろしたミア様の傍に控える。
静かな時間が流れた。
こう……のんびりと昼寝でもしたい感じだが、執事として居眠りはよろしくないしな。
というかリディスはじっとしているのが苦手な性分だったはず。今見ても実際そわそわしている。
きちんと大人しくしていられるか心配で、俺まで落ち着かなくなってきたぞ?
表面は平静を保ちながら微妙にリディスの方を気にしていると、ふとミア様が口を開いた。
「――ねぇシオン。執事はどう?」
「どう、と仰いますと?」
「大陸最多の武人を門下に連ねる天武剋流の正当な後継が、剣も戦いも奪われてこんな田舎でこき使われて楽しい?」
「はい」
「え……?」
「私は、ミア様を護ると誓いましたから」
祖父から天武剋流の教えを受けたのもそのためだ。
戦いの中に身を置いていないと生きてられないなんて性分でもないし、むしろ本気の殺し合いなんて可能なら避けたい。
勇者時代と違って相手が同じ人間ならば尚更だ。
……執事の仕事自体が楽しくなってきたって理由も、少しある。
「執事が主を守るのは当然よ。……でも、何時そんな約束してくれたのかしら」
「まだ父が存命だった頃です。ちょうど今日のような日に城を抜け出して、この花畑で剣の誓いをしました」
「その頃なら、私たちはほんの子供よ。覚えてるはずないじゃない。そんなままごとみたいな誓いに縛られるなんて馬鹿げているわ」
「構いません。これは私の問題ですから」
相次いで肉親を失い、それでも逆境の中ミア様は領主としての責務を果たしている。
幼馴染の自分がそれを見捨てて自分の栄達や平穏を取るようなら、騎士以前に男が廃るというものだ。
それに……身体こそ生身だが、個人で一軍を相手取り魔災を操るくらいの芸当はできる。
いざという時、ミア様の手札にも成り得るはずだ。
「……本気で言ってる? 苛政を敷く暗君、各方面に媚び回る売女、親兄弟を謀略で皆殺しにした悪魔なんかに忠誠を誓うって? 母親でさえ私を恐れて隠遁したのに」
「はい」
……母君を見ないと思ったら、そういう事情だったのか。
というか人をそこまで貶す奴がいるだと? 流石に腹に据えかねる、叩き斬って――。
そこでミア様が立ち上がった。
そのままずいと俺に詰め寄り、手を伸ばして顎を捕える。
「信じられないわ! だってあなた、一度あたしを捨ててるのよ!?」
噴き出したような激情。
ミア様は一度強く歯を噛み締めると、それさえ押し込めたようだった。
手を戻して一歩下がる。その表情はすっかり平静を取り戻したようだが……ひどく危うく見えた。
「今の言葉が全部本当だって言うなら、証拠が欲しいわ。――腕一本、斬り落として捧げなさい。執事の仕事なら片腕でも出来るでしょう?」
「仰せの通りに」
「っ!」
取り出したナイフに魔力を纏わせ、自分の左肩に押し当て――たところでリディスが動いた。
流石に両腕が使えない状況ではまともに抵抗もできない。
ナイフが取り上げられた瞬間の隙を狙って別のナイフを取り出したが、そちらもあっさり阻まれた。
更に次のナイフを出そうとしたところで、勢いのまま地面に組み敷かれる。
「――ッ、」
「バっカじゃないの!? なんで、なんで平気でそんな事まで出来るのよ!」
リディスはそのままミア様を睨み、大きく息を吸い込む。
だが、ミア様の叫びがそれを押し潰した。リディスの事も見えていないかのように俺の胸ぐらを掴み、正面から見据えてくる。
青い瞳は涙を湛えて揺れていた。そんな表情を主に望んだことなど一度もないというのに。
他でもない自分がその原因という事実がどうしようもなく刺さる。
「……ミア様が仰った通りです。私は、一番傍にいるべき時に居られませんでしたから」
「贖罪のつもり?」
「…………」
「馬鹿。……あたしが、シオンに何を望んでいるかなんて……」
「……ミア様」
「帰るわ」
手が力なく離される。
ゆっくりと立ち上がったミア様はエストさんにそう応えると、振り返らずに歩き出した。
ミア様のトラウマ大爆発
こんな事まで言っちゃうくらいに傷が深かったと捉えて頂ければ。
あとシオンも割と意地になってます