77.リクレス領――67
「――ようこそお越しくださいました。メアリ殿でよろしいですね?」
「ええ、そうよ。アンタが出迎え? さっさと案内なさい」
「畏まりました」
……開口一番にそれか。
まぁ兄に比べればマシ……というか、態度がやや不遜なくらいでまだ普通か?
来訪の知らせを受け門でメアリたちに応対しながらそんな事を考える。
確か段取りでは俺と彼女が一度手合わせをして、その後は流れで彼女の麾下にいる騎士たちと訓練して時間を潰す感じだったはず。
リクレスの弱兵ぶりを喧伝するため、うちの正式な騎士団とメアリたちもぶつけるらしいが……そのタイミングはエストさんの方で見計らってくれるとの事だった。
「それではご案内――」
……ん?
今回の訓練場として使う予定の広場へメアリたちを案内しようとした時、その列の最後尾に妙な動きが見えた。
というか今まさに剣を振りかぶっているそいつの格好はメアリ含む他の騎士たちとは意匠も異なっていて、改めて考えると少し怪しい。
俺の目で見ても洗練された印象を受ける装備、ただの賊ではなさそうだが……。
「ふッ――」
「む?」
ひとまずそいつの元へ瞬時に移動。
下段から振り上げられようとしていた長剣の腹を踏みつけて抑えるも勢いは殺しきれず、相手の上腕も抑える事でどうにか封じ込める。
一体どれだけの力が込められていたのか、その影響は衝撃波となって辺りを駆け抜けた。
殺気もなかったし、刃の角度から考えても単にメアリたちを纏めて吹き飛ばす程度のつもりだったとは思うが……。
「私の愛剣を足蹴にするとは、中々いい度胸をしているな」
「これは失礼しました。メアリ様とは別のご用件とお見受けしますが」
「いかにも。だが、先に貴殿の名を伺おうか」
「私はシオン・リテラルド。このリクレス家に仕える使用人です」
「シオン……天武剋流の。なるほどな」
「はぁ!? アンタが――っ」
相手……大陸でも珍しいクセの強い桃髪を腰まで伸ばした女剣士は俺の名前を聞くと納得したように一つ頷く。
それを聞いていたメアリが不満げな声を上げるが、特に睨むわけでもない女剣士の一瞥に声を詰まらせた。
「私はウェンディ・ラージア。急な訪問で悪いが、この名でミア・リクレス殿へ取り次いでほしい」
「畏まりました」
ラージア……聞き覚えのある名前だ。
先ほど見えた実力の片鱗を含めて考慮するに、おそらく有名な武門か何かの人間なのだろう。
一見した印象だが、ひとまずこの場は信用しても大丈夫だろう。
そう判断した俺は、まだ気圧されている様子のメアリたちを後回しにして執務室へ引き返した。
「ウェンディ・ラージア? それって、やたらガタイのいい桃髪の女剣士?」
「はい。少なくとも相応の実力者である事は間違いないかと」
「アンタが言うなら本物の可能性は高いわね。でも、なんで『轟雷の獅子姫』が突然? それも一人で……」
「何にせよ、あまり長くお待たせするのは得策ではありません。シオン、ひとまずその方を応接室の方へお通ししてください」
「ああ、リディス? 一応メアリの方も適当な部屋に通して待たせといて。シオンがそっちに行くまでの対応は任せるわ」
「「仰せの通りに」」
二人の指示にリディスと共に頷き、部屋を出て門へ向かう。
何を察したか少し離れたところからセイラが覗いているのを感じるが、そっちは気にしなくてもいいか。
それよりウェンディの方だ。
応接室へ通すって事はただの武芸者じゃないんだろうが……。
「――それではウェンディ殿、私がご案内させて頂きます」
「ああ、頼む」
どちらかというとメアリたちの方が暴発していないかが不安要素だったが、時間もそれほどかからなかったおかげか特に問題は起きていなかった。
リディスが彼女らを案内するのを横目に、こちらはウェンディを執務室へ先導していく。
「…………」
「…………」
俺の後ろを静かについてくるウェンディ。
しかし彼女からは、こちらの隙を窺うような……何か悪戯を仕掛けようとしては我慢しているような気配が伝わってきて地味に気が抜けない。
どうにも苦手というか相性の悪さのようなものを感じていると、ウェンディの方から声をかけてきた。
「シオン・リテラルド」
「如何なさいました?」
「単刀直入に言う。その力、我が元で振るうつもりはないか?」
「勿体無いお言葉ですが、御遠慮させて頂きます」
「即答か、つれないな。理由を聞こう」
「忠義です」
「ふむ……」
「――こちらがミア様の執務室になります」
「そうか。君を口説くのはまた次の機会にするとしよう」
突然の勧誘に面食らいはしたが、はっきりと言葉を返す。
相手が誰であろうと関係はない。
俺が剣を捧げるのはミア様ただ一人だ。
「ウェンディ・ラージア殿をお連れしました」
「どうぞお入りください」
エストさんの返事を受け、応接室の扉を開ける。
どういう話にせよ、平穏に進めばいいんだが……。




