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76.リクレス城――66

「――ミア様。お昼をお持ちしました」

「入っていいわよ」


 セイラとの訓練の後、あらかじめ仕込みを済ませておいた食材を使って手早く用意した昼食を執務室まで持っていく。

 ちなみに今回……というか最近のメニューは、執務の妨げにならないサンドイッチ類の割合が多い。

 忙しいとはいえ少々心配になるところではあるが、夕食は流石に食堂で取っているのが救いといえば救いか。


 部屋に入ると、それぞれの机で書類の山と戦うミア様たちの姿が視界に映る。

 ひときわ大きな執務机にミア様、その横にエストさん、少し離れた部屋の隅にリディス……三人揃ったその光景には少し懐かしいものさえ感じる。

 が、そういえばこの三人がこうして火の車になっている事態は決して良いものでは無かった事も思い出す。

 ……危ないところだった。

 俺までこの光景に順応してしまえば、いよいよ歯止めが効かなくなってしまう気がする。

 現在の時点でどれだけ影響しているのか怪しいところではあるが。

 それこそ領民に想像されているくらい怠惰に過ごせていれば一番良いのだが……。

 いつかそんな日が来るよう、俺も全力を尽くさないといけない。

 何をどうすれば良いのかもまるで見当がつかない事はさておき。


 ……いかん、俺が何の役にも立ってないのが浮き彫りになってきた。

 微妙に切ない気分を抱えながら三人の机に皿を並べていく。


 少しでも気が休まるように、さっぱりした感じを優先しつつフルーツを多用した甘めの内容にしてみたんだが……みんな作業の手を休める事なく並行して食べてるな。

 敢えてもう少し食べにくくして食事の方に専念するよう誘導しても良かったか……いや、でもそれで必要な作業の邪魔をするのも良くはないし、食事の方を後回しにされた日には目も当てられない。

 難しいところだ。


「それにしても、今日のランチはお菓子みたいね」

「お気に召しませんでしたか?」

「まぁまぁね。食べやすいのも悪くないわ」

「お褒めに預かり光栄です」

「――あ、そうだ。エスト」

「畏まりました。例の件ですね?」


 ミア様が料理をまぁまぁと評価するのは概ね満足して頂けた時だ。

 いずれはその口から絶賛を引き出せるレベルの一品を披露したいものだが、それはともかく。

 ふとミア様が寄越した目配せ一つからエストさんは何かを察したらしい。

 一つの書状を手に俺の方にやってくる。


「シオンはベムテ領……ジャリス殿の治める隣領の事は覚えていますか?」

「あ、はい」

「現在の大陸の情勢を重く見て――まぁ前置きは飛ばして纏めてしまうと、殴り込みですね。返り討ちにしちゃってください」

「……どのような事情でしょうか?」


 エストさんが凄く短くまとめてくれたのは分かったが、ちょっと訳が分からない。

 ジャリスがリクレスに殴り込み?

 力量差も計れてないのはまぁそういう奴なんだと思う事にして、このタイミングで同盟関係の相手のところに来るってのが解せない。

 俺が頭の中で疑問符を溢れさせていると、ミア様が小さく咳払いをする。

 そちらに軽く頭を下げ、エストさんが改めて口を開いた。


「……申し訳ありません、少し言葉が足りませんでしたね。正確に言うなら、今回の事を申し出てきたのはジャリス殿の妹君です」

「と、言うと……メアリ様、でしたか。ジャリス殿からは独立した部隊を率いているという」

「……ええ、彼女です。協力関係にある私たちの戦力が弱兵というなら自分が鍛えてやろうという趣旨らしいので……これを機にベムテ側の戦力向上をお願いしようかと。名目はこちらで適当に整えますので、協力関係に支障が出ない程度に頼みます」

「わ、分かりました」


 なんだかエストさんが色々ぶっちゃけて話している気もするが、まぁいいか。

 主たるミア様が帰ってきた事で精神的に余裕が生まれているのだとすれば悪くない。


 それよりもメアリか……ベムテで見かけた姿が意外だったからなんとなく覚えていたが、まさかこんな形で関わる事になるとは。

 本当に一目という言い方が正しいくらいの僅かな間だったが、配下の騎士たち共々筋は悪くなさそうな感じだった。

 そうなると考えるべきは教える型のバリエーションだな……。


「そうだ、シオンさん」

「なんだ?」

「メアリ様たちに教える型の種類でも考えているのでしょうが、特に難しく考える事は無いと思いますよ」

「……そうなのか?」

「はい。シオンさんが気にしているのは、天武剋流の力が如実に現れてリクレス領の武力に数えられてしまう事態ですよね」

「ああ」

「密偵の方々を見ていてはっきりしましたが……確かに天武剋流の意義は大きいとはいえ、シオンさんの危惧するほど明らかに表出する事は無いです。仮に誰かに分析されたとしても、それは流派の力というより分析された当人自身の力と見做されるでしょう」

「それは……まぁ、武術ってのが本来そういうものだからな。その中で特にウチの流派が汎用性と引き出せる力の上限値って点で飛び抜けてるって事なんだが」

「シオンさんには申し訳ないですけど、そこまで考えて武術の方を警戒される事はまず無いですね」

「お、おう」

「精々その後の実力向上に視点が移ったとき、シオンさんの指導力に意識が向けられる程度でしょう。……シオンさん自身の力を知っていれば、話が変わってくる可能性もありますけど。それはもう色々と別の話になってしまいますね」

「そう……なのか?」

「そうです。要するに今回のメアリ様の一件に限らず、誰かに武術を教えるとき遠慮する必要は無いって事です」

「そ、そうか……」


 実はリディスの話は途中から半分くらいよく分かっていないが、人に天武剋流を伝える時に余計な配慮はいらないって事は理解できた。

 ……そういう解釈でいいんだよな?


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