73.リクレス城――53
「――何やら、シオン殿の全力の一端が見られるという事で馳せ参じました」
「左様ですか」
今日も密偵たちと訓練に励もうとしたところで、セイラがふらりと姿を見せた。
時々忘れそうになるが、セイラはバルクシーヴから送り込まれてきた密偵。
本来はこの隠し部屋が見つかった事とか、そもそも碌な武力を持たないはずの密偵たちの存在とか、知られたら色々アウトな事って気もするが……。
一応今は協力関係って事らしいし、問題ない……のか?
「今はまだ剣速に慣らしていく段階ですので、ご期待に沿えるかどうかは……」
「それで問題ないです」
「承知しました」
密偵たちの中にセイラが加わるのを待って竹刀を構える。
セイラ程の反応速度の持ち主が相手の中に居るとなると俺の方の難易度も跳ね上がるが、こっちだってここ数日の訓練で幾らか上達はしている。
まぁ、何とかなるだろ。
「迅の型、『蹴閃』並びに気の型、『陽炎』」
「っく……!?」
軽く地面を蹴り、まずは挨拶代わりの一撃を叩き込む。
そこからの流れは普段通り。
気配を絶っては死角に回り込み、間断なく最速の一撃を放ち続ける。
そして……。
「――破の型、『獅哮烈波』!」
「うあっ……!」
最後に残ったセイラに向けて、獅子を模した形の斬撃を放つ。
あれ……受け身を取る様子が無い。
もしかして、のびてるのか?
そう気づいた俺が動くより早く、落下寸前のセイラの元へ滑り込んだ影がある。
「悪いな、リース。助かった」
「お安い御用です」
「う……っ」
「お、気が付いたか」
ファインプレーを見せたイケメンことリースに礼を言っているうちに目を覚ますセイラ。
幸い気絶といっても本当に軽いレベルのものだったらしい。
「セイラ殿も申し訳ありませんでした。つい力を入れ過ぎてしまったようで」
「いえ……こちらの未熟さ故の事。お気になさらず」
少し顔を赤らめながら立ちあがったセイラだが、その身体が一瞬ぐらりとバランスを崩す。
「っと……済みません、今回はここで切り上げさせて頂きます。次の機会を……楽しみにしています」
「こちらこそ。お大事にどうぞ」
下がっていくセイラを見送る。
ふむ……。
こんな事を確認するのも今更だが、セイラはバルクシーヴの密偵だが本来の姿は流転冥天流の皆伝。
その実力は確かで、密偵たちと比べても頭一つ抜けていた。
だが、今回の訓練で密偵たちが見せた反応はそのセイラにも匹敵し得るものだった。
この形式での動きに対する慣れの差でもあるが、それを加味しても確かに実力は上達している。
具体的には、俺の動きを追う目が出来上がってきたってところだ。
これなら、明日からはもう少し進んだ段階の訓練でもいけるかもしれないな。
「シオン殿……心苦しい事だが、我らは明日よりリクレス領を発つ事になっている」
「明日からか……他には誰が行くんだ?」
「主だった密偵は全員だな。具体的な事情を話すわけにはいかぬが」
「…………」
全員という事はかなり大掛かりな任務になるのだろう。
大陸の情勢がまた動いたのか?
それにしても、具体的な事は話せないか……つまりそれだけ危険な任務だと考えられるが。
下手をすれば全員無事に帰還できる可能性が限りなく低いなんて可能性だってあるかもしれない。
ミア様は、必要とあればその判断が下せる方だ。
しかし何にせよ、情報が無ければ俺も迂闊には動けない。
そのせいで後悔するような事があれば悔やんでも悔やみきれないな。
……そんな思いを視線に込めルビーをじっと見つめる。
「…………」
「うっ……」
「…………」
助けを求めるように視線を彷徨わせるルビーだが、その時にはハンジやリースといった他の面々は密偵らしい素早さで姿を消している。
「……わ、分かった……仕方ない、可能な範囲内で話すとしよう」
そして遂にルビーはがっくりと項垂れた。
ちなみに今回は特に技も何も使っていない。
純粋に思いが伝わったんだな。
脳裏に響くカルナっぽい声を封殺し、俺はそう考える事にした。