72.リクレス城――52
「――よし、それじゃ始めるか」
「……良いのか? 普段より人数が少ないようだが」
「ああ」
いつも密偵たちと使う訓練場で竹刀を両手に持ち、ケサスの疑問に短く頷く。
今ここに居るのはケサスやリースの率いる部隊に、その他ルビーたち上位の密偵を合わせた三十人余り。
百人近い密偵を相手取るいつもの訓練と比べれば、その数は遥かに少ない。
「もちろん理由は幾つかあるが――まぁ、それだけ本気で行くって事だと思ってくれればいい」
「「「っ……」」」
気の型、潰威でプレッシャーをかけると、上位の密偵たちも小さく息を呑んだ。
得物が竹刀なのも軽さを重視したためだ。
何より此方なら手加減にもそこまで気を回さないで済む。
「想定するのは自分たちより多い敵に襲われた場合だ。まずは防御だけ考えろ……行くぞっ」
迅の型、蹴閃……単発の蹴りを素早く放つだけの技だが、天武剋流では反動で高速移動するのに使う事が多いそれに気の型、陽炎の気配遮断を合わせて跳躍。
密偵たちの前から姿をくらまし、天井を蹴って彼らの背後まで回り込む。
「くっ――」
「よく反応した!」
即座に振り向いたのはリース。
だが、それは俺の気配についてきたというより勘か、或いは読みに基づいての判断だったのだろう。
気配を限りなく消している俺を捉えるには僅かな遅れがあった。
そして、その一瞬のうちに距離を詰める。
「しまっ……!」
「くぅっ!?」
「む……!?」
双の型、獣牙乱群。
駆け抜けざまに両手の竹刀を振るい、当たるを幸いに密偵たちを打ち据えていく。
進路から外れたところにいたケサスに捕捉される前に再び蹴閃で転移。
後はその繰り返しのようなものだった。
密偵たちに息を整える暇も与えず転移を繰り返し、気配は絶ったまま技術の限りを尽くして竹刀を振るう。
「おおっ……!」
「今は防御に集中しろ、ルビー! そういう訓練だから!」
「む……っ」
防御を捨てて反撃を狙う構えを見せたルビーの額に軽く竹刀を打ち込み、ついでに周りにいた密偵たちにも連撃を浴びせる。
……もう少し人数多めでもいいかと思っていたが、今の数でギリギリってところか。
戦場のように纏めて叩き斬るなら千でも万でも斬り伏せてみせるが、速度を頼みに一人で数百の部隊を演じるのは負担が大きい。
この前ザボロスへ駆けた時のように無理をすれば不可能ではないにせよ、それはそれで色々な人に怒られそうだから駄目だしな。
「っと……!」
大きく振るった竹刀を密偵の一人の刀に叩きつけ、崩れかけた身体のバランスを取り戻す。
余計な事に考えを回している余裕は無いか。
だが、見れば密偵たちの方も少しずつダメージは蓄積してきている。
まだ碌に反応出来ていない連中の方が多いが……最初だしこんなものか。
よく注意を向ければ少しずつ成長している節は感じられるし、これで十分だろう。
「ふッ――」
「く、お……っ!?」
そろそろ限界が近づき動きも鈍ってきた下級密偵の防御の上から竹刀を叩きつける。
破の型、剛撃。
高い破壊力を備えた一撃を叩き込むこの技は竹刀でもその力を遺憾なく発揮し、彼を壁際まで吹き飛ばし退場させる。
……これで下位密偵は全員脱落か。
そして、相手の人数が減ったぶん俺の負担も軽くなる。
残った上位密偵たちもリタイアするまでに、そう時間はかからなかった。
「はぁ……はぁ……し、シオン殿……」
「どうした、ルビー?」
「これは……集団戦の訓練、という話だったが……ならば、このような特殊な形を取らずとも……密偵たちを、二手に分けて戦えば済んだのでは……?」
「その通りだが、それは俺が居なくてもできるだろ? 速い剣に慣れれば余裕が生まれる。せっかくなら俺だから出来るような経験を積ませてやりたかったんだ」
「そ……そうか……」
息も絶え絶えな密偵たちには悪いが、この一回だけでも確かに成長が確認できた。
俺も少し体力を回復したら、他の密偵たちを呼んでまた訓練する事にしよう。




