71.リクレス城――51
「――そういえば、リクレス家の動きについての説明が残っていたな」
「あ、ああ……そうだな……」
「……先に少し、今話した情報を整理する時間があった方が良いかもしれんな」
「う……悪いな」
「気になさるな。それに……失礼を承知で言うなら、シオン殿にはそれくらいの可愛げがあっても良いと思うぞ」
「そういうものか?」
「ああ。それでは私は少しこの部屋の掃除でもさせてもらおうか。たまには普通の使用人らしくな」
そう言うとルビーは医務室の隅にある棚から掃除用具を取り出し、手早く部屋の清掃を始める。
テキパキと動くその姿を眺めながら、ミア様の状況や大陸の情勢についての情報を噛み砕いていく。
……よし。
なんというか、情報が頭に定着した。
そんな感覚に内心で小さく頷く。
それとほぼ同時に、掃除用具を棚に片付けたルビーもベッドの傍に戻ってくる。
「その様子だと情報は整理できたようだな。……大丈夫か?」
「ああ、心配いらない」
「そうか。では話を続けよう。とはいえこちらに関しては私もそこまで詳しくは無いのだが」
そう前置きしてルビーが説明したリクレス家の状況は、漠然と予想していたものに比べればシンプルなものだった。
いや、もう少し踏み込めば各勢力との関係が複雑に絡み合ってでもいるんだろうが、俺の理解が及ぶ範囲だと単純だったって話だと思う。
つまり……これまでミア様は争いが始まらないよう大陸中を駆け回っていたのに対し。
屋敷に残っていた彼女の腹心たるエストさんは、争いが始まった後に備えて動いていた。そういう事だ。
「ミア様、エスト様は無数の防衛線を引いているが……戦火が拡大すれば、その一つ一つはすぐに破られるだろう。ここからは、その防衛線を新たに補充しどれだけ領地を守り続けられるかの戦いになる」
「なるほどな……」
政の事はよく分からないが、ミア様やエストさんがどれだけ戦ってきたかはこの目に焼き付いている。
だからだろうか、今度のルビーの言葉はすんなりと理解できた。
防衛線……それが具体的にどういうものかは分からないが、最後に頼る力といえば武力だろう。
そう考えて、手懐けた元盗賊たちの事を思い出す。
自給自足は出来るようにしてあるし、しばらく俺が顔を出さなかった程度で馬鹿な事を考えられないようにカルナの協力も込みで打てるだけの手は打った。
だが……念のため、様子は定期的に確認しておきたい。
元より捨て駒程度とはいえ、なまじ鍛えたぶん万が一があれば普通の賊より面倒だ。
それを話すとルビーは考えるように目を細めた。
「シオン殿の手駒と言うと、以前聞いた元賊共か。しかし……名目上とはいえ我らは謹慎の身。それに領内は未だ平穏を保っているとなれば、処遇を覆すに足る言い分は用意し難いな」
「難しいか……」
「まあ、各地の密偵を呼び戻している事もあって人手は足りている。速度こそシオン殿には敵わぬが、そこは数で補って賊の掃討も問題なく済ませられているしな。元賊に関しても、何かあればすぐ分かるはずだ」
ふむ……防衛線を一つ下げたが故の小康状態ってところ、だろうか。
そうなると、いま俺に出来る事は……。
「…………」
「ルビー、どうかしたか?」
ふと、ルビーの方から何かを躊躇うような気配を感じて声をかける。
黒髪の密偵はなおも少し迷いを見せたが、意を決したように口を開いた。
「このような事を頼むのは心苦しいのだが……シオン殿。今一度、我らに稽古をつけては頂けないだろうか」
「当然だ。断る理由が無い」
ちょうど探していた俺に出来る事を与えてくれるのは有り難いし、力が欲しい時に俺を頼ってくれるのは素直に嬉しい。
ルビーの言葉に、俺は一も二もなく頷いた。