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68.小さな森

「――ふぅ」


 工場区の中でも廃棄されて久しいと思われる一画に場所を移し、一息ついて壁に身を預ける。

 今ここに居るのは……ルビーを含め八人。


「まず確認しておきたい。他に生き残りはいるか?」

「報告の為に三人は逃がした。他は……」


 そこで言葉を切ると、ルビーは首を横に振る。

 逃がした三人……追手等の要素がどうだったかは分からないから断言は出来ないが、リクレス城に帰り着いたのがバジフ一人だったって事は……。


「それでも、お前たちが無事で良かった。よく、生き延びてくれた」

「っ……。あなたこそ、拠点を無防備にするような事をして――」

「あー、それはだな」

「――だが、嬉しかった。私も人の事は言えぬようだ」


 そう言って薄く笑みを浮かべるルビー。

 彼女も含め、密偵たちが流した血の跡は先ほどまでいた戦場からここまで続いている。

 新手が現れるまで、そう時間はかからないだろう。

 最低限の体力だけ回復させて脱出できればそれがベストだが、ルビーの部下の一人は片足が折れている。

 応急処置は済ませたが、走るのは難しいだろう。


 ……カルナ。なにか使える薬はあるか?

『うーん、後遺症が残るようなヤツは駄目なんダろ?』

 当たり前だ。


 ルビーたちにリクレス城の守備はセイラと回復したリディスがいる事なんかを伝えつつ脳内ではカルナと相談し、使える手札()からこの後の動きを考える。

 やがて、近づいてくる武装した一団の気配を感知した。


「新手が来るな。あぁ、当然だがここまで来てお前たちを置いていくなんて選択肢はないからな。これ以上は誰一人として死なせやしない」

「しかし、このままでは!」

「その代わり、お前たちにももう少し無理をさせる事になる」


 反論を遮り、これから俺たちが使う薬の効果を説明する。

 勇者時代に採取した何かの鱗粉らしいが、その効果は一時的に疲労・ダメージを感じさせなくするというもの。

 ダメージそのものが無くなるわけではない上に効果が切れれば踏み倒したダメージが纏めて襲い掛かってくるという副作用もあるが……。

 いまカルナから得られる薬で状況を乗り切るなら、これ以上マシな手は無かった。


 ルビーたちが頷くのを確認して袋に入っていた鱗粉を振りまく。

 俺も確かに全身を苛んでいた痛みが引いていくのを感じた。

 走れない密偵を担ぎ、偽りの軽快さを与えられた身体で屋根の上まで飛び上がる。


「いけるか?」

「ああ、問題ない」


 気の型、陽炎で気配を消し、姿を宵闇に紛れさせて町を抜ける。

 しばらく走って見つけた小川で最低限の身なりを整え、これ以上の血痕も残さないよう処理を施してさらに駆ける。


「――そろそろ薬の効果が切れる頃だ。この森に身を隠すぞ」

「承知した」


 森に入り、簡単には見つからないよう少し奥まで進む。


「っ……」


 ちょうど開けた空間を通り抜けようとしたとき、これまで治まっていた痛みが数倍にもなって再び主張を始めた。

 思わず足が止まる。

 周りを見れば、少し前後して密偵たちも同じ症状に襲われたらしいのが見てとれた。


「ちょうど、いいな……ここで休むとするか……。」


 木の幹にもたれかかり、呼吸を整えて言葉を続ける。


「……心配しなくても、俺が見張りを務める。今は身を休めるといい」

「ま、待ってください」

「ん?」


 声を上げたのは、それまで俺が背負っていた密偵だった。


「おれは移動の間シオン殿に背負って貰っていただけですので、体力には余裕があります。ここは、シオン殿もお休みください」

「いや、俺は……」


 確かに苦しい状況だが、これよりもっと酷い死線まで何度も追い込まれてきた。

 だから、これくらいは平気だ。

 そう言おうとした俺を脳内に響いた声が制した。


『ま、キミにしたって休むべきなのは事実ダね』

 だが、俺がそんな隙を晒して万が一があれば――。

『仕方ないな、そんな事があればボクが起こしてあげるよ。彼の実力は信用できなくても、それなら安心できるだろう?』

 別にアイツの実力を信じていないわけじゃない。それは勘違いするな。

 ただ……本当に万が一を懸念しているだけだ。

 普段は俺が狩る側だから、なおさら。


 だが、癪ながらカルナの一言が後押しになったのも事実。

 その密偵に番を任せ、傍にあった樹の手頃な枝を選んで横になると意識はすぐに薄れていった。


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