67.ザボロス
――気の型、陽炎。
一時的に気配を限りなく抑え、後は速度に任せて正面から関所の門を飛び越える。
今通っている関所は一段と大きく、また警備も厳重だ。
となると……これで国境を越えたか。
実際、その建物を抜けてから見る人影もセム=ギズルに固有の服を纏っている事が多くなってきた。
事前に計算していたペースより少し早いな。
脳内で現在位置に補正をかけ、目的地ザボロスに向けて僅かに方向を変える。
そして更に走り続ける事しばらく、ザボロスに到着。
気配を探ると……掛かった!
微かなルビーの気配を頼りに更に駆ける。
この分だと、まだ戦闘は続いているな。
「間に合え……!」
『偽装処理、やってあげようか?』
「頼むっ」
脳内に響いたカルナの声に、思念で応えるのも忘れて言葉少なに告げる。
一瞬遅れて全身から禍々しい黒煙が溢れだしたのが分かる。
呼吸に合わせて空気を震わすのは獣の唸り声にも似たざらついた低音。
――やがて、戦場が見えてきた。
工場区の類と思しき寂れた一画。
そこで戦う一団のど真ん中に突っ込み、勢いのままに剣で地を殴りつける。
「ッ!?」
「なん――」
「ガァァアアアアアアッ!!」
放った咆哮は半分はカルナの手によるものだが、半分は俺自身の意思によるもの。
同時にその場にいる全員に全開の殺気を叩きつけ、生じた隙に視線を巡らせ状況を把握する。
確か、国外で活動する密偵たちは二十人余りで一グループ。
今立っている顔見知りはルビーも含めて八人。
そこらに転がっている骸の中、自爆したらしい黒焦げた一部を数に加えると……計算が合う。
対する敵は騎士らしき恰好の連中が大勢。
既に絶命して倒れているのも合わせると二、三百人ってところか。
どいつも完全武装だし、まるで幾つかの騎士団が連合を組んで大規模な賊討伐でもするときのような様子だ。
どれだけの時間戦っていたのかは分からないが……よく、持ちこたえてくれた。
「グルッ……」
「な、なんだコ――イギャッ!?」
背天邪流、殴断。
剣の間合いで声を上げた騎士を鎧ごと両断する。
もう一発。更に一撃。
まだ硬直の解けない騎士たちを、どの武術にも属さない動きで、そして鎧だろうと盾だろうと叩き斬る圧倒的な力で屠っていく。
「こっ、殺せ! このバケモノを殺――」
「ォォオオオオオオオ!!」
誰かが上げた悲鳴のような指示を雄叫びでかき消し、斬撃を飛ばしてソイツの頭部を粉砕。
そこからはもう、一方的だった。
相手が判断する暇を与えず前衛連中を殺し尽くし、射かけられた矢の雨は斬撃を飛ばして散らし、間髪入れず後衛へ襲い掛かる。
咆哮で動きを縛り、それでも逃げようとする奴には飛ぶ斬撃で対応。
そもそも前衛ありきで軽装の射手たちを斬り伏せるのは、金属鎧と盾で防御を固めていた騎士たちに比べて遥かに容易かった。
「ルル……」
そして最後の一人が崩れ落ちる。
誰も逃がさなかったつもりだが……ひとまず、今この場で倒れている敵は全員仕留めた。
「……他ニ、生キ残りは――」
掠れ声でそう尋ねようとして咳き込む。
内臓を傷めたか……込み上げてきた血を飲み下し、無理をした反動で悲鳴を上げる身体に喝を入れる。
「――バジフの、報告を受けてきた」
「! まさか、貴方は……!?」
「場所を移す。歩けるか?」
変装までしている余裕は無かったから、カルナの偽装を解く事はできない。
駆け付ける途中に見た景色から手近な人目のない場所に見当をつけ、俺は身を翻した。