66.リクレス領――48
「っ……!?」
「どうだ、効いたろ?」
カルナ提供の薬草入りカレーを口に運んだリディスは驚いたように目を見開いたが、その後とても渋い表情になった。
「ん? 口に合わなかったか?」
「いえ、そういうわけではないんですけど……」
歯切れの悪いリディスが俺の肩口を見つめると、姿を見せたカルナがケラケラと笑い声を上げながら消えていく。再び凄く嫌そうな顔になるリディス。
というかカルナの奴、リディスをからかうためだけに出てきやがったな。
「……やっぱり、この効果には彼女が一枚噛んでるんですよね」
「まあ、そうなるな。調子はどうだ?」
「不本意ではありますが、今の一口でもだいぶ回復しました。……これ、ミア様も召し上がるんですよね? 大丈夫なんですか?」
「その点は心配ない。契約で縛れている……はずだ」
契約の内容は割と雁字搦めにしたが、それでも微妙に不安な語尾になるのは仕方ないだろう。
とはいえかなり消耗していたリディスさえ即座に回復した効果を考えれば、今回のカルナはだいぶ大盤振る舞いのようにも思える。
一体どういう意図が……なんて考えるだけ無駄か。
理由なんて無いか、あっても俺には理解できないかの二つなのは長い付き合いの中で分かっている。
後は現在のリクレス家の警備状況……密偵はほぼ全員が任務を帯びて領地の外に出ている事だとか、ミア様が目を覚ました後の事だとかをリディスと話す。
「…ご御馳走様でした」
「お粗末様。まぁ、使用人自体は普通に働いてる。お前はしばらく休んでいるといい」
だからそんなに急いで食べる必要も無かったんだが……。
空になった器を厨房へ片付ける。
御者としてミア様たちと一緒に奔走していたアルマの様子も気になったが、部屋の外から気配を探ると普通に眠っているのが分かった。
休んでいるなら邪魔はしない方がいいだろう。
「さて、どうしたものか……」
リディスも回復したとはいえ、何かあった場合の事を考えると城を離れるべきではない。
となると傘下にした元賊共の様子を見に行くのは無理か。
そういえば今体調が心配な相手がまだ残っていたな。
馬には詳しくないが、素人目にも分かるような異変が起きていれば誰か適当な使用人に知らせるくらいはできるはずだ。
というわけでアルマが駆っていた馬たちの様子を見に厩舎へ向かおうと城を出た時、ふと空気に血の匂いが混ざったのを感じた。
「お前は――」
「シオン、殿か……」
リクレス城の裏門にいたのは見覚えのある密偵。
確かルビーの部隊の……バジフだったか。
目立つ傷は背に負った切り傷のみだが、それが中々に深い。おまけにかなりの無理をしたのか、だいぶ血を失ったのが見て取れる。
「場所は?」
「セム=ギズル西部、ザボロス……まんまと、おびき寄せられた」
バジフを抱えて医務室へ向かいつつ、脳内に大陸の地図を広げる。
ザボロス……よし、位置は把握した。
具体的な現場は近づきさえすれば気配で探れる。
「し、シオンさん!?」
「悪いがコイツを頼む」
バジフの事はリディスに押し付け自分の部屋へ。
最低限の装備を身に着けると普通のルートを通る手間さえ惜しく窓から飛び出す。
『おやおや、さっきは城を離れるべきじゃないとか考えてなかったかい?』
だが、リディスが回復した事そのものは事実だ。
それに忘れてたがリクレス城にはセイラだって残っている。
脳裏に響くカルナの声に思念で応え、東に向けて全速力で駆けだす。
――迅の型、俊雷。
人が先天的に身体に掛けているという制御を解除し、更に速度を上げる。
本来は戦いの中で瞬間的に加速するための技だが、そんな事に拘泥している場合じゃない。
どれだけの反動を背負う事になろうと、今は少しでも速く!
ただそれだけを考えて持ちうる全ての手段で速度を引き上げ、俺は一直線にザボロスへと駆けた。




