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65.リクレス領――47

 ――聞くところによれば、ミア様たちは最低限の体力維持のために食事は欠かしていなかったらしい。

 栄養まで気にしている余裕は無かったとの事なので、心配するならその点か。


「久しぶりで錆びついていなければいいんだが……」


 煮込むための湯を用意しながら冷蔵庫にあった野菜を片端から刻む。

 それだけだと単調になるので少しの肉とジャガイモは小さめの塊程度にカットして、と……。

 更に並列して味付けに使う調味料の準備も開始。

 そうやってどんどん拡張した作業を、今度は完成に向けて一気に収斂させていく。

 出来上がったカレーの味はそれなり。辛いものが苦手なミア様にはこれくらいがちょうど良いはずだ。


「……カルナ」

「なんダい? お、なかなか良い出来じゃないか」

「あっ、こらお前!」

「んー、もう少し味が尖っててもいいかな?」


 周囲に人の気配が無いのを確認して呼びかけると、カルナ(悪魔)はスプーンを持って普通に現れた。

 つまみ食いを阻止しようとした手は何故かカルナもスプーンもすり抜け、阻むには至らない。


「……まぁいい、頼みがある。身体に害のない範囲でミア様たちの回復に効く薬を混ぜてくれ」

「どうしよっかな~――ああ、冗談ダって。つまみ食いの対価じゃちょっと釣り合わないけど、適当なのを見繕ってあげよう」


 人を煽るような笑みを浮かべながら、カルナは無造作に取り出した何かの草を鍋に放り込む。

 薬になるのは契約上疑いないにせよ、味も分からないものの投入は料理を作る身として見逃せないが……先のつまみ食い同様、謎の草は俺の手をすり抜けカレーの中に溶けていった。

 鼻歌交じりにカレーをかきまぜたカルナは、最後にもう一つまみ食いすると満足そうに頷いて姿を消した。

 妙な事になってなければいいんだが……。

 一抹の不安を感じながら、スプーンにすくったカレーを口に運ぶ。


「っ……!」


 ――落ち着け、この程度の痛みは物の数じゃないはずだ。

 気の型、水鏡で平常心を維持して水をコップ一杯飲み下す。

 症状は一切緩和されなかったが、気持ちは落ち着いた。


 認めるのは癪だが、美味い。

 だが、辛い。

 一口でどっと汗が噴き出した。今もその辛味は身の内で暴れ回っている。

 同時に身体には活力が満ちていくのも確かに感じる。

 が……たとえそうだとしても、甘党のミア様にこんなものを食べさせるわけにはいかない。

 こういうとき、辛味を抑えるにはどうするんだったか……。



「――これなら、なんとかいけるか」


 ほぼ完成後の状態からどうにか甘口まで味を持ち直したカレーに、そう独り言を漏らす。

 そして、その横に少し隔離した激辛仕様のままのカレーにもちらりと視線を向ける。……こっちはまた、後で個人的に頂くとしよう。


 夕食を届ける前に、一度ミア様たちの様子を見て回る事にする。

 確か、ここしばらくミア様と飛び回っていた面子は護衛のリディスと……後は御者をしていたアルマくらいか。

 護衛がリディス一人で事足りるため、小回りを最優先した結果だとかなんとか。


「あ……シオンさん?」

「起きていたのか」

「ちょうど今目が覚めたところです」


 医務室に入ると、ベッドの一つに横になっていたリディスが身を起こす。

 ミア様は……まだ寝てるみたいだな。


「アルマは?」

「自室で休んでいるはずです。ベッドなら譲ると言ったんですけど……」

「そうか」

「済みません、こんな事してる場合じゃないのに――」

「じゃあお前の分の夕飯だけ取ってくる」


 リディスの言葉を遮り、さっと立ち上がって身を翻す。


「――謝るべきはお前じゃない。お前は十分頑張った」

「シオンさん……」


 この様子だと、正面から言ってもリディスは頷かないだろう。

 だから扉の前で一方的にそう伝え、俺はそのまま医務室を後にした。


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