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64.リクレス領――46

 ――日差しも随分と和らぎ、暦も夏から秋へ切り替わった白秋のこと。

 ほぼ一月ぶりにミア様たちがリクレス城へ戻ってきた。


「っ……」


 ……化粧とか、そういう外見の印象を操作する技術は俺の理解の及ぶところではない。その点では表情にこそ余裕が無いだけで、ミア様は至って健在に見えた。

 だが、身のこなしとなると話は別だ。

 以前見た時もその歩みには疲労が現れていたが……今回はそういうレベルじゃない。

 ミア様自身は隠そうとしているようだが、身体の方に限界が来ているのは明らかだった。


「ミア様、失礼ながら――」

「シオン……?」


 誰に止められようと、こんな状態の主を休ませないわけにはいかない。

 だが、諫めようとした俺の言葉が続く事は無かった。

 どこか熱に浮かされたような様子で俺の方を見たミア様の身体から、がくりと力が抜ける。


「ミア様っ!?」


 咄嗟に全速力で駆け寄りその身体を受け止める。

 反応はない。既に気を失っている。

 腕に伝わってきた手応えはぞっとするほど軽かった。


「リディス、お前がついていながら……!」


 振り向いた俺の鼻を刺激したのはリディスにしては強い香水の香り。そして、その裏に隠された血の臭いだった。

 それもかすり傷程度の薄いものじゃない。無意識に庇うようにしている執事服の左肩に触れると、彼女は小さく顔をしかめた。


「痛っ……」

「――何があった?」

「そう心配する程の事じゃありません、ただの賊を追い払ったときの傷です。不覚を取ったのは……わたしの未熟ゆえに」


 その表情に偽りの色はない。

 そして、彼女の実力が賊に後れを取るようなものじゃないのは俺が一番知ってる。

 ……ここしばらく、ずっとミア様と大陸中を飛び回っていたんだ。リディスもまた、酷く消耗していたという事だろう。


「……無茶はこれで終いだ。ミア様の体力の限界なのも勿論だが、これじゃお前も満足に護衛の任を果たせないだろう。これ以上は――いや、今の時点で既に自殺行為と変わらない」

「…………」

「今は休め。何事もまずはそれからだ」

「……すいません」


 ミア様を抱き上げて前は埋まっている。リディスは投げ技の動きの応用で背負いあげ、そのまま真っ直ぐに医務室へ。

 心がざわつく感じはこんな事になるまで無理を重ねたミア様たちへの感情によるものか、何も出来なかった自分への怒りか。

 いつでも使えるよう整えてあるベッドに二人を順に横たえる。


「そこに居るのは……ディーか?」

「はいっ」

「ミア様たちの護衛を頼む。もし起きてまだ働こうとするなら俺を呼んでくれ」

「畏まりました!」


 天井裏に控えていた下級密偵に声をかけ、俺はエストさんの執務室へ向かう。

 ノックをすると入室の許可はすぐに返ってきた。


「ミア様が――」

「――報告は既に届きました。今こちらで対応しているところです」

「こちらの備えは……」

「まだ不要です。そうなる事を避けるために、ミア様はご尽力なさっていたのですから。……今、貴方が何かしようとするのであれば。ミア様たちの体調の立て直しを最優先に考えてください」

「仰せの通りに。……お手数おかけしました」


 咄嗟にエストさんの元へ向かったはいいが、ミア様の腹心は既に動き始めていた。

 そのうえ俺の動きまで指示させてしまう始末。


 だが……本当に、やれる事はないのか? カルナ。

『残念ダけど、今のキミはボクからすればカモでしかない。そして契約のせいで、ボクは私欲の為にキミを誘導する事はできない。そういうわけだから、アドバイスを期待したって無駄さ』

 …………。

『どうしてもって言うなら再契約してもいいけど? キミが全てを投げ捨てるって言うならキミのご主人サマの無事くらいは保証してあげてもいいよ』

 まさか。そんな甘言にもなってない言葉に乗せられるほどとち狂っちゃいない。


 ……カルナがここまで言うって事は、今回の事についても頼るだけ無駄か。

 俺に出来る事……。

 強引に平静を保つ心の底に燻る思いの数々を感じながら、俺はキッチンに足を向けた。


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