61.リクレス城――43
南の軍事大国バルクシーヴ、そのスパイ? らしいセイラをリクレス城に迎え入れた翌日。
俺が領地の見回りに出かけようとすると、彼女が同行を申し出てきた。
不可抗力とはいえ全開の殺気を叩きつけた昨日の今日だからか、その様子からは警戒心が滲み出ている。
「うーん……」
「何が不都合な事でもおありでしょうか?」
正直、気は乗らない。
賊……というよりは密偵か。そういう連中を処理する姿を人に見られたくないってのもあるが、この様子だと……。
「不都合と言いますか……リクレスはそう大きい領地でこそありませんが、一人で回るとなると急ぐ必要が出てきます」
「承知の上です。これでも流転冥天流皆伝の身、足を引っ張るような事は致しませんので」
うーん…………。
不安は残る。
だが、こう言われてまで突っぱねれば流石に無礼か。
一応客人という事で招いているわけだし、それは望ましくない。
……仕方ないか。
「シオン殿?」
「……畏まりました。準備はどれ程お待ちすればよろしいでしょう?」
「今すぐにでも。元よりそのつもりで支度は整えてあります」
俺もちょうど出発するところだったし、そういう事なら問題はない。
庭の手入れをしていたシエナに見送られ城を出る。
最初はゆっくりと駆け出し、そこから速度を上げていく。
意外な事に、いつものペースまでいってもセイラはぴったり俺の後ろに追随してきていた。
実力を見誤っていた無礼を反省しつつ走る事しばらく、最初の敵に遭遇したのは領地を三割ほど回った後だった。
「ぅあっ……」
「おっと――申し訳ありません」
立ち止まった背中にぶつかってきたセイラは疲労の色が濃い。
近くに気配が無いのを確かめてから丘にある手頃な横穴に連れて行き……と、ふらつきながらもセイラは立ち止まった。
「この丘の裏の洞窟に敵の気配があります。少しここで待っていてください」
「……いいえ。『リクレスの死神』の業、一度この目で見ておく必要がありますから」
「…………」
気の型、捜気。
意識を集中させ、丘の反対側にいる侵入者たちの気配を探る。
……前の連中が掘った洞窟に、横穴を作ったのか。確かに気配探知無しで探すなら骨が折れたかもしれないが……おかげで人数は少ない。
普段と比べても制圧は容易い方だろう。
「分かりました。そう仰るのであれば異論ございません」
「こちらこそ、無理を言って申し訳ありません。それに……」
?
何かを言おうとするセイラだが、その後の言葉が続かない。
首を傾げていると、彼女は小さくかぶりを振った。
「いえ……なんでもありません」
「畏まりました」
よく分からないが、聞けない事を気にし続ける必要もないか。
気の型、陽炎で気配を殺して丘の反対側まで回り込む。
「「――――」」
隠れて見張りに立っていた二人を一撃で打ち倒し、その勢いのままに洞窟の中へ。
今は天武剋流の技を使っても……というより元々の意味を考えると、ここでは背天卑流の方こそ使えないな。
俺の存在に気付くのと全滅、どちらが早かったか……いつも通り打ち倒した相手をカルナに売り渡す。セイラにはただ秘宝を使って死体を処理しているとだけ説明した。
「それでは巡回を続け――セイラ殿?」
「だ……大……丈夫……です……」
移動を再開しようとすると、セイラの顔色が見る間に悪化した。
あの様子じゃ俺のペースに連続で付き合わせるのは無謀か……。
短い押し問答の後、俺は同行する密偵にするようにセイラを背負って洞窟から駆けだした。
「――お疲れさまです」
「いえ……シオン殿こそ……」
それからまたしばらく領地を回り、一巡したところでリクレス城へ帰還する。
……少し、いつもと比べて敵が少なかった気がするな。
単純に考えれば悪い事ではない。
だが……妙に胸騒ぎがした。