58.リクレス城――40
「あー……シオン殿」
「ん?」
「一応、審判として宣言を。――勝者、シオン・リテラルド!」
場内に戻ってきた俺に、ルビーが少し気まずそうな様子で告げる。
すっかり意識から飛んでたが、そういえば審判頼んでたんだった。
「ああ、悪いな。うっかりしてた」
「こちらこそ申し訳ない。二人の試合に見入ってタイミングを逃した」
そう言って詫びるルビー。
見入ってた、か……そう手放しに称賛されると、どうにもこそばゆい。
少し離れたところに立っているセイラに誤魔化すように声をかける。
「ほら、次の試合だ。来いよセイラ」
「え……いいんですか? 連戦になってしまいますし、それにシオンさんは武器が――」
「問題ない。元からお前とは剣一本で闘るつもりだったからな」
「そう、ですか……」
納得したとは言い難い表情ながらも配置につくセイラ。
宣言した通り、俺も長剣を一本手に取って構える。
「ルビー、次も審判頼めるか?」
「勿論だ。……二人とも、準備は良いだろうか」
「はい」
「いつでもいけるぞ」
「それでは――始めっ!」
ルビーの合図と同時、意外にもセイラの方から先に仕掛けてきた。
隙の無い動きで振るわれた右の小剣に、こちらも長剣の切っ先を合わせる形で応じる。
「――『喰渦』!」
「っと……」
長剣に添えられるもう一つの刃。セイラが身を捻ると、見えない手に引っ張られるような力が俺の長剣を襲った。
その動きの延長で更に距離を詰めてきたセイラの双剣が至近距離で閃く。
「く……!」
「なるほど、受けるばかりの流派じゃないってか」
片方の腕を掴んで勢いを殺し、そのまま受け流してもう一方の刃も阻む。
その隙に長剣を引き戻し――そこで、ルビーからの報告が脳裏をよぎった。
セイラの目的は俺がバルクシーヴの密偵を処理した人物かどうかを見極める事。
だが……俺は、どうすればいい?
単純に考えれば普通に戦力を明かして抑止力にするところだが、リクレス領の最大の手札は取るに足らない弱小勢力であること。つまり、脅威に成り得る戦力を保持しているわけにはいかない。
なら、密偵を葬ったのが俺だと思われるべきではないのか――?
先ほどセルバの剛剣と真っ向からぶつかりあった直後だが、力だけで多勢を制する事はできない。
まだ結論を出す材料は揃っていないはずだ。
相手の間合いを嫌ったように地を蹴り、飛び退って距離を空ける。
幸いこれはただの試合、相手は一人。
既に見せた範囲内の力業で、どうやって抑えるか……。
再び距離を詰めてきたセイラの双剣を、術中に嵌らないよう起点で叩き落としながら考える。
「猛の型――『獣牙凶襲』」
「『風雅躍葉』っ」
突進して一息に距離を詰め、一閃。対するセイラの動きはセルバの一撃を避けた時とほとんど一緒だった。
今回は双剣のどちらも手放すことなく、直前で宙に身を躍らせる事で攻撃を躱す。
俺が一瞬で通り過ぎた事でセイラが手をつこうとする場所に既に刃は無いが、向こうもそれは織り込み済みだったか特にバランスを崩す事なく地に降り立つ。
斬撃では凌がれるか。ならば――。
「……同じく、猛の型。『風貫絶破』!」
「っ……!」
先ほどと同じように距離を詰め、その勢いを乗せた刺突を放つ。
が、初動を見て横っ飛びに逃れたセイラを捉えきれない。
まあ、ある程度の目算は立った。
「猛の型、『獣牙凶襲』」
「『風雅躍――』」
再び長剣を一閃する構えで突進。
先ほどの再現のようにセイラが脚に力を込め……間合いの直前で、事更に強く地を蹴る。
「――改め、継の型。『裂天輪』」
「なっ……!?」
継の型は本来誰かと連携して戦う際の技を修めるもの。だが、細かい位置取りの調整という点ではこのような使い道もある。
宙に身を投げ出したセイラより更に上で身を捻り突進の勢いを変換。
着地したセイラが反応するより早く、その首筋に剣先を突き付ける。
「――ま、こんなもんかな」
「……参りました」
「そこまで! 勝者、シオン・リテラルド!」
双剣を納め両手を上げるセイラ。
少し遅れて、勝敗を告げるルビーの声が響いた。