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53.リクレス城――35

 …………。

 辿り着いた地下牢。

 セルバを放り込んだ一つから聞こえてきたのは、呑気な高いびきだった。

 寝てる時でさえ喧しいのも変わってないなコイツ。

 呆れ混じりの思考を切り替え、扉を開けて牢の中へ。

 セルバに近づいていくと、喪服姿のカルナが姿を現した。


「ふむ、出番かな?」

「ああ……珍しいな。お前が自分から出てくるとは」

「まぁね。単純な仕掛けにしてやられたわけダし、少しは気にしてるのさ」


 へぇ……確かにカルナがそういうの見誤るのは珍しい。

 というかなんだかんだ言ってたが、やっぱり悔しかったのか。

 ひとまずコイツを起こさないとな……そう思って伸ばした手をカルナが制する。


「あー、起こさないでいいよ。意識無い相手の方がやり易いから」

「言われてみれば、それもそうか」

「いつも通り洗脳の解析と記憶処理の無効化をやって、後は起きた時に自白させればいいんダろ?」

「自白は仕込まなくても普通に喋りそうだけどな……ま、いいか」


 一番最初に出てきた洗脳の解析がカルナの趣味なのもいつも通りだ。取り立てて突っ込む事はない。


「そういえば、少し気になったんだが……」

「なんダい?」

「そこまで出来るんなら、もう相手の記憶を直接覗けばいいんじゃないのか?」

「んー……別に出来なくはないけど」


 もう何らかの処置を始めているのか不吉な魔力を帯びた手をセルバの頭に添えたカルナが、言葉を探すように首をひねる。


「自分で喋らせて済むならそっちの方が良いね。単純に面倒ダし」

「面倒?」

「そ。キミに分かるように例えるなら、普通に目の前の相手を倒す任務と、押し寄せる軍勢に反撃できない状態で攻撃を躱しながら遠くの別動隊ダけを仕留める任務。どっちか選ぶなら答えは決まってるダろ?」

「む……いや、だが厄介な任務の方を誰かに回すわけにもいかないし……」

「……。単純に難易度を比べた場合のたとえ話ダよ。そこまで考える必要は無いって」


 呆れた様子で呟いたカルナは改めてセルバの方へ向き直る。

 作業に本腰を入れ始めた事を表すように、その両手に纏う不穏な魔力が一層威圧感を増す。

 具体的に何をしているかはさっぱり分からないが、その後ろ姿を眺めること数十秒。魔力を収めたカルナが振り返った。


「――うん、とりあえず処置の方は完了したよ。少し揺すってやれば目を覚ますダろ」

「助かります」

「どういたしましてー。じゃ、ボクはこのタイプの洗脳も見破る研究があるからこの辺で」


 エストさんに軽く一礼すると、カルナは俺の影の中に消えていく。

 そう簡単には対策を取らせない秘宝が凄いのか、そんな変わり種の秘宝を相手にしても対抗できそうなカルナが凄いのか……そんな事を考えつつセルバを揺さぶると、剣士は低く呻いて意識を取り戻した。


「うん……なんだ、シオンか……まだ暗いじゃねぇか、もう少し寝かせて――」

「……。そういうわけにもいきませんので」


 牢屋の中だってのに適応し過ぎだろ。

 その頭に軽く拳骨を落とす。中型の獣を仕留めるときくらいの力で。


()って!? ――って、ここは……」

「御目覚めでしょうか、セルバ殿」


 セルバがようやく飛び起きたのを確認してエストさんの後ろに下がる。

 目の前にいるのが誰か分かったのか、セルバも背筋を伸ばした。


「アンタがミア様か?」

「いいえ。私はその留守を預かっているエストと申します」

「そうか……」


 それを確かめると、セルバは勢いよく頭を下げた。


「――此度の狼藉、申し開きの言葉もなく……! 真に、失礼致した……!」

「っ……」


 絞り出すような声でそう告げる。

 表情は下を向いているせいで分からないが、この剣士が最も自分の行いに憤っているのは伝わってきた。その気迫たるや、刃物を渡して腹を切れと言えば躊躇なく従いそうに思える程だった。

 ……さっきまで高いびきかいてた癖に。

 だが、これもセルバにとっては本心なのだろう。

 武器を持たない相手の不意を打ち、殺すつもりで斬りかかるなど……コイツが嫌う要素を詰め込んだような行為を、当の本人がやらかしたわけだ。それがどれほどの苦痛であるか、想像して余りある。


「面を上げてください。貴方がそのような事をする人物ではない事、貴方にそれを強いたものの事……彼から聞いています」

「……!」

「ですから。償う意思があるのならば話してください。貴方の知る事情を」


 エストさんに促され、セルバはリクレス領に来る前にあった事を話し始めた。

 師範代を務める獅炎一刀流の道場。その門下の一人である貴族を介し、セム=ギズルの中枢評議会の一人……キルオム・ゼンゲルの居城へ招かれたバルセ。

 通された客室から使用人が出て行ってすぐ、部屋全体に魔法陣のようなものが浮かび上がり……机に置かれていた巨大な水晶が怪しい光を放った。セルバはそこで立っていられなくなり倒れる。

 それから少しして部屋に現れたキルオムがセルバに命令を吹き込む。

 ――リクレス家に仕える使用人シオン・リテラルドは天武剋流の後継。奴に試合を申し込む名目でリクレス城を訪ね、政務を取り仕切っている者を殺せ。

 そう言ったキルオムが水晶を何か操作すると、再び怪しい光が放たれ……そして一度セルバは意識を失う。

 気づいた時には客室の椅子に座っており、居眠りをしていたのだと説明された……との事。


 キルオム・ゼンゲル……その名をしっかり記憶する。

 セルバを下らない陰謀に巻き込んだ敵だ。機会があれば、確実に斬ってやる。


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