52.リクレス城――34
ひとまず急場は凌いだ。
いつの間にか現れていたルビーたち密偵ともどもエストさんの指示のもと後始末に当たる。
ルビーが部下と共にセイラを客室まで案内。ハンジの部隊はエストさんの護衛として部屋に残る。
で、俺は倒れたセルバの元へ。握りしめたままの大剣は適当なところへ遠ざけておき、担ぎ上げて特別室まで運んでいく。
『んー……ちょっと詳しく調べてみたけど、もう洗脳は効果を失ってると思うよ。うん、未起動で潜伏してるタイプの干渉も無いはずダ』
ふぅん……。
流石にさっきの今だし、話半分に考えながら相槌を打つ。
と、背負ったままのセルバが小さく身じろぎした。
「う……」
「早いな。一時間は意識も戻らないはずだったんだが」
動揺しそうになった内心は一瞬で鎮め、相手がどう動いても対応できるようにさりげなく構える。
魔力をねじ込んで内側から衝撃を通したってのに、どうなってんだよコイツ……。
「っ……お、オレは何を……!?」
「――はぁ。その様子だと正気に戻ったらしいな」
ダからそう言ったじゃないか、と不満そうな声は聞き流して言葉を続ける。
「まぁ、多少はこっちも事情は把握してるから心配するな。悪いようにはしねぇよ」
「そ……そうか。っつーかオレはなんで……うっ……!」
「無理に思い出そうとしなくていい。余計な面倒を増やしても困るからな」
「オレの剣は――」
「部屋に置いてきた。お前が帰る時にゃ返してやるよ」
ある程度予想された問答を淡々とこなしながら進んで行く。
そんな時、セルバがふと間の抜けた声を上げた。
「ん? そういやお前、喋り方――」
「今のところお前は客人じゃなく、いきなり領主の右腕に斬りかかった不埒者だからな。畏まる必要はねぇだろ」
「うぐ……まぁ、そうなんだけどよ……」
「――それにお前も、こっちの態度の方が良かったんだろ? 喜べばいいじゃねーか」
「むむ…………まぁ、そうだな。なんだ、お前剣を捨てて変わっちまったのかと思ったけどよ。懐かしいとこも残ってんじゃねーの!」
おい……軽く皮肉っただけなのに、本当に嬉しそうな声出してんじゃねぇよ。
っつーか、背負われたまま背中を叩くな。
「別に俺は昔から変わったつもりは無い。そう思うんなら、それはお前が勘違いしてただけだ」
「うーん……言われてみれば、そうなのかもしれねーな。でもよ、俺ぁやっぱり今みたいなお前の方が良いと思うぜ?」
「また漠然とした事を言う……いいんだよ、俺はこれで」
頭の悪い、だが真っ直ぐな言葉は聞いていて妙に心地良い。
……だから、だろうか。
執事としての職務中だというのに、適当な理由をつけて素の態度で振る舞ってしまうのは。
やがて牢の一つ、他と比べて若干居心地もよさげなところで足を止める。中でセルバを降ろして鍵をかけると、一瞬ポカンとしていた剣士は勢いよく立ち上がった。
「――って、ちょっと待て! 牢屋じゃねーか!」
「ああ、牢屋だが。後始末が済んだらすぐ出してやるから、少し待ってろ。ほら、そこに毛布もあるだろ」
「ぐぐ……まぁ、分かるんだけどよぉ……。なるべく早く出してくれよ! 待ってるからな!」
そう言うと大人しく毛布にくるまる姿に思わず苦笑しつつ、ひらひらと手を振ってその場を離れる。
ああ言った事だし、のんびりしてるわけにもいかないか……。
少し速足に執務室へ戻る。
「――シオンです。セルバを地下牢に放り込んできました」
「ご苦労様です。入ってください」
「はい。書類は大丈夫でしたか?」
部屋に入って軽く見渡す。
壁際にかけてあったセルバの大剣は……俺が預かっておくか。執事服でセルバみたく背負うわけにもいかないし、長引くようなら後で部屋に持って帰ろう。
「はぁ……当たり前ですが、書類より貴方の方が大事だという事をお忘れなく。いざという時にミア様をお守りできるのは書類ではなく貴方なのですから」
「あー……済みません」
リディスとかにも言われてるんだが、咄嗟の事だとつい、な……。
あの時は俺も傷を負わず書類も守れる算段があったから、と心中で言い訳しつつセルバにかかっていた洗脳絡みの事を報告する。
「なるほど。事情は把握しました。……厄介な代物ですね、古代の遺産というのは」
「まったくです」
「では、取り調べに向かうとしましょう。ケサスたちはルビーさんたちと合流してください」
「畏まりました」
支持を受け、それぞれ潜んでいたケサスたちの気配が遠ざかっていく。
歩き出したエストさんに従い、俺も再び地下牢へ向かった。




