50.リクレス城――32
――来客用の控室の一つ。
もう一人の客人である少女セイラと共にセルバを宥めつつ辿り着いたこの部屋で、まずは二人に茶を振る舞う。
セイラの方は普通に癖のない紅茶を出すとして……セルバにはリクレス特産のスーヴァ種の辛茶でも淹れてやるか。
セム=ギズルの砂漠出身者の例に漏れずコイツも辛いもの好きだったはずだし、気に入るだろ。多分。
「……どうも」
「軽食もお付けしましょうか?」
「いえ、お構いなく」
ゆっくりと紅茶に口をつけるセイラ。
セルバの方はムスっとした表情で辛茶を口に運び、少し目を見開いてから一息に飲み干した。
緩みそうになった表情を引き締めて再び仏頂面を作る様子が分かりやすい。さっと二杯目を注ぐ。
これまた豪快に辛茶を飲み干したセルバは、その勢いのまま俺に指を突き付けてきた。
「っかぁー! おいシオン!」
「飲み物はお気に召しませんでしたか?」
「いや、フツーに好みだったけど……って、違う! そうじゃねーんだ!」
口を挟むと、なんとも期待通りのリアクションが返ってきた。
まぁあまり横やりを入れるのもなんだし、そろそろ本題を聞いておきたい。
それ以上茶化すことはせず先を促す。
「はー……。じゃ、改めて言うぜ。獅炎一刀流が師範代、セルバ・ラスパーク! 此度は天武剋流が総領シオン・リテラルドに手合わせを願うべく参った次第! いざ尋常な立ち合いを所望する!」
「ふむ……」
言ってしまえば俺は天武剋流を半ば以上捨てたような身。セルバの申し出を受けるメリットも断るデメリットも無い。
が……セルバ自身の人柄というか、僅かばかりの武芸者としての心故にというか、即座に拒絶する事も出来なかった。かつて技を交わした相手がどれだけ強くなっているのか、興味が無いといえば嘘になる。
「いやいやいや、『ふむ……』じゃねーだろ! 受けるのか受けないのか、どっちなんだよ!」
「では、御断り――」
「うおーい! そこは受けるとこだろー!」
相変わらず騒がしい……俺まで喉が渇いてきそうだ。
一応、申し出を受ける事自体のデメリットだって無い。手合わせには乗る形で検討するとして、だ。
「私はリクレス領主ミア様にお仕えする身。主の許可なく勝手な行動をとるわけにもいきませんので」
「お、おーよ! それなら問題ねぇや! 元からそっちの領主に話は通すつもりだったんだからな」
そのミア様が不在なんだが、まぁエストさんにでも許可が貰えれば問題は無いだろう。
ともかくセルバの用件は分かった。
……少し、楽しみだな。本当はこんな事を思う資格なんてないんだろうが。
と、話が一段落したところを見計らったらしいセイラが口を開いた。
「あの……私も、同様の用件です。流転冥天流皆伝セイラ・エルマータ。天武剋流が正当後継者、シオン・リテラルド殿に手合わせ願いたく」
「流転冥天流……」
「はい。そう大きな流派ではありませんが、私たちの本山に一度お越しになっているはずです。場所はバルクシーヴ西方メギス地方。時は五年前になります」
う……まただいぶ厳しい時期だな。
確か、バルクシーヴは祖父に連れられて訪れた中でも最初の方だった……はず。
えーっと…………。
「メギス地方……バルクシーヴで唯一、雪が降るという高地がそんな名前だったような……」
「その通りです」
ああ、思い出した。
寒いから上着を買ってほしいと言ったら熊か猪でも狩ってこいと森に放り出されたところだ。
よりによって大型の熊に出くわしてギリギリで仕留めたものの、結局上着に加工できなかったんだっけか。
その時に語呂が良い名前の他流派のところを訪ねた覚えがある。
「畏まりました。セルバ殿同様、主の許可を待つ形になりますが宜しいでしょうか」
「はい……承知しています」
セイラの用件もセルバと同じく、と。
セルバの申し出を受けてセイラだけ断るという事もないだろう。
腕前はそれなりのようだが、果たしてどのような技を使うのか……。
そんな事を考えていると、ふと脳裏に悪魔の声が響いた。
『嘘の……ううん、隠し事の匂いがするねぇ』
なに?
『ふふっ……面白い事になりそうダ』
言うだけ言って声は引っ込んでいく。
密かにセイラの方を窺うが、決定的に不審なところは見つからない。
肝心の話をしてる時は記憶ひっくり返す方に意識が向いてたからな……まぁ、一応気を付けるようにしておくか。