5.リクレス城――4
リクレス城は古城の中では小さめだが決して狭くはない。掃除するのも一苦労だ。
「ところでカルナ」
「平和ダねぇ……究極態シオンの勇姿が懐かしいね。やっぱり身体も改造させてくれよ~!」
「断る。それよりこの世界じゃ魔法はどんな感じになってる?」
「ん? どういう意味ダい?」
近くに人がいないのを確認して名前を呼ぶと、手乗りサイズの悪魔が姿を現した。
本人曰く人間に擬態しているのは面倒らしく、普段は俺の影の中に潜んでいるんだとか。
異世界だと魔法は勇者クラスの存在が使えば地形を変えるだけの力を持っていたが、この世界では違う。
人間に扱える魔力はごく僅かで、魔法は血の滲むような鍛錬を重ねてようやく個人レベルの戦いで使える程度だと聞いている。
魔力そのものが秘めた力が強大なのはこちらでも変わらず、何らかの異常で土地の魔力が暴走した時なんかは地震や噴火といった災害につながることもある。
勇者時代は魔法もそれなりに使えたものだが、今はどうなっているんだろうか?
前にリディスと手合せした余波で荒れた地面を直した時は自分の体感だとよく分からなかったし、少し気になった。
「魂系の素材ならストックもあるし、今は色々調べながら地道に改造中ダよ」
「そうか」
「それで質問の答えダけど、改造が進めば魔法も前と同じように使えるんじゃ――」
言葉の途中でカルナが姿を消す。
直後、パタパタと軽い足音が響いた。
「水換えてきましたー!」
「シオンもご苦労様です」
振り返るとそこにはエストさんとリディスの姿。
ただ……。
「シオンさん、どうかしましたか?」
「分からないことがあるなら遠慮なくどうぞ」
無意識のうちに首を捻っていたらしい。
大したことじゃないんだが……いや、やはり気になる。聞いておくか。
「……なんでリディスは執事の恰好をしているんですか?」
「動きやすさを重視した結果です。お嬢様は敵の多いお方ですから……リディスには武芸の心得があるそうですし、いざという時には力を十全に発揮してもらうつもりです」
「なるほど」
だが、その理由ならエストさんも執事の恰好をしているはずでは?
まだ新参の俺たちよりミア様の傍に控えることも多いだろうに。
「この恰好にはまた別の利点がありますから。動きに慣れるには少しかかりますが」
「そ、そうですか……」
疑問を顔に出したつもりは無かったんだが。
別の利点、ね……暗器でも仕込んでいるのだろうか。
全体的にふわふわした衣服だし、確かに隠し場所は豊富そうだ。
「じゃあ、水換えてきまーす!」
そう言ってリディスが走り去る。
そういえば、修行時代に似たような事やらされたな……バケツに満ちた水をこぼさずに山の周りを一周。
最初の頃は腕力もそんなに無かったし、修行の最後の方でも水面を揺らさない集中力を持続させるのは辛かった。しまいには時間制限までつけられたし。
どんどん上がっていった難易度を思い出して思わず遠い目をしていると、ふとエストさんに話しかけられた。
「ところで、シオン」
「何でしょう?」
「よく戻ってきてくれました。私もお嬢様も、シオンの帰還を心から喜んでおります」
「あ、エストさんは覚えててくれたんですね」
「はい。当然お嬢様も覚えておいでですよ」
「え? でも……」
気遣いはありがたいが、それは当の本人が否定している。
俺としては覚えてくれている人がいたってだけで嬉しいけど。
そう思っていると、エストさんは正面に来て真摯な目で俺を見る。
「昔からお嬢様が素直でないのはご存知でしょう?」
「ええ、まぁ」
「貴方がいなくなってから肉親まで立て続けに失い……そのご心痛は想像して尚余りありますが、結果あのように更にひねくれてしまって」
「…………」
「またシオンを困らせるかもしれませんが、どうかお嬢様を見限りにならないでくださいね」
「勿論です」
最後の問いにだけははっきりと答える。
何があろうとミア様を見限ることなど有り得ない。
仮に彼女が道を踏み外したとしても、その時は全力を尽くして正道に戻すまでだ。
一度捧げた剣は絶対。
どれだけの時が過ぎようと、かつて誓った忠義に曇りは無い。