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49.リクレス城――31

 ――あれはベムテ領に賊が現れる頻度が増した頃。

 偶然俺が城に居る時、アルマの駆る馬車が戻ってきた。そこから降りてきたミア様の姿が遠目にも分かるほど憔悴したものだったため、急いで駆け付けたのだが……。


「――ミア様、おかえりなさいませ」

「またすぐ出て行くわ。退きなさい」

「なりません。見れば相当お疲れの様子、一度お休みください」


 執務室へ向かう主の前に立ちふさがり、そう告げる。

 化粧や振る舞いで隠してはいるが、その裏に押し込めた疲労は俺なら気づける。

 身体のふらつきを意思一つで抑え、目に執念にも似た炎を宿す姿は見ていられず……最悪、実力行使も厭わないくらいのつもりでいたのだが。


「ッ――、……今は悠長な事を言ってられる場合じゃないの。一刻の遅れが戦争に繋がるわ。そうなれば事は今の比じゃなくなる。だから、どいて」

「し、しかし――」

「……シオンさん。お気持ちはありがたいですが、ミア様の言う通りです。この場は引いてください」

「リディス……!」


 政の話を持ち出されると、俺にはミア様にも譲れない理由があるという事くらいしか分からない。

 だが、それでミア様が無理を重ねるのを認められるものでもなく。

 俺が動けないでいると、ミア様の傍に控えていたリディスが一歩前に出た。彼女もまた主に劣らず疲弊した様子だったが……それ以上に、その手が剣にかかっていた事が俺を動揺させた。

 勝ち目の有無の問題ではなく……いや、これほど無様に心を乱していた俺なら斬り伏せられていたかもしれない。

 彼女らと同じ舞台に立てない俺に、それ以上説得の言葉は無かった。


「失礼、致しました」

「いいのよ……悪いわね」

「……ごめんなさい」

「ッ……!」


 反射的に動きそうになった身体を無理矢理に押さえつける。

 悪いのは事情も把握していないのに口を挟んだ俺だ。

 だから……二人して、そんなに辛そうにしないでほしい。


 結局ミア様たちはすぐに……本当にすぐに、碌に休むこともなくまた出て行った。

 俺にそれを止める術はなく、その後何度かミア様たちが戻ってきたときも何もできなかった。

 俺は……こんなにも無力か。

 いつかと同じ事を、その時の比ではないほど強く感じる。

 なら、俺はどうすれば良いのか。考えた末、俺は……自分に出来る事を、全てやることにした。


 いつしか桜の花も散り、暦は変わって朱夏の月。

 賊の掃討のために領地を見回り、幾つか小細工の仕込みも済ませて城へ戻ってきたある日の事。

 城に戻った俺の目に、見覚えのある姿が見えた。

 あれは、確か……?

 来客は二人。彼らは使用人と少し話した後、案内されて城の中へ通されていった。

 確か祖父に連れられて旅をしていた頃に出会った武芸者の誰かだと思うんだが。一体何の用だろうか?

 そんな事を考えつつ、外出の建て前として買ってきた食材を片付けにキッチンへ向かう。


 さて、と……後は手の空いてる密偵でも捕まえて鍛錬かな。

 暇な使用人が(たむろ)する控室に向けて歩いていると、通路から飛び出してきた影がある。


「あーっ! てめぇシオン、マジで使用人なんぞに成り下がってやがんのか!?」

「はて、確かに私はシオンですが……何か御用でしょうかお客人」


 現れるや否や人に指を突き付けてくれた青年は先ほど見えた来客の一人。

 その赤いツンツン髪といい、快活な光を宿した鋼色の双眸といい、見覚えはあるんだが……果たして誰だったか。

『なんダい冷たいねー。それにしても……随分と美味そうじゃないか。雑魚っちい不審者共と違って』

 ……喰うなよ。賊でもないのに。

 あと俺は記憶も二倍なんだ。思い出しにくさだって二倍なんだよ。

 だが、もう少しで思い出せそうなんだがな……。

 心中でカルナ(悪魔)に言い返しつつ首を捻っていると、向こうから名乗ってくれた。


「おいおい、まさかオレを忘れたなんて言わねーよな? セルバだよ! 獅炎一刀流の師範代、セルバ・ラスパークだよ!」

「獅炎一刀流……ああ、焔閃牙の。して、如何致しました?」

「だぁあああ、もうっ。イカでもタコでもねーよ! まずはその鳥肌立ちそうな喋り方をやめろ!」


 思い出せたのはいいが……さっさと用件を言えっつってんだろ。

 変に会話がかみ合わないな!

 どうしたものかと思っていると、通路からもう一人の来客……蒼髪の少女が現れた。こっちは特に見覚えも無いな。


「……セルバさん。人のお城で大きな声を上げるのは、あまり褒められた事ではないかと」

「ぁああ――って、それもそうだな。でもよー!」

「あのー、お客様方―?」


 一瞬落ち着きかけたセルバがまた何か言おうとしたタイミングでまた通路から誰かが現れる。ああ、コイツらを案内してたのはシエナだったのか。

 先輩は俺に気付くとそっと耳打ちしてくる。


「ねぇ、この二人ってシオン絡みのお客様?」

「さあ……喧しい方は一応顔見知りだが、俺も詳しくは分からん」

「そう……うーん、今アンタ手空いてるなら任せていい? ちょっとエスト様忙しいらしくてさ、待たせといてって言われてるのよ」

「分かった」

「じゃ、よろしく頼むわ」


 俺が頷くとシエナは素早く姿をくらました。

 ……昔から賑やかな奴だったが、まるで成長していなくないか?

 微妙にボリュームは抑え気味だが、結局騒いでいるセルバを見て小さくため息をつく。


「――それではお客人。先ほどの者に代わりまして、私がご案内させて頂きます」


 エストさんも毎日忙しそうにしている。

 少女の方はともかく、セルバを近づけたら余計に疲れさせそうだな……。

 それに俺も無関係じゃないなら、先に話を聞いておいて損は無いだろう。

 改めて客人たちに向き直り、俺は慇懃に一礼した。


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