48.リクレス城――30
後日ジャリスから届いた密書によると、セム=ギズルの将軍はなんとか誤魔化して国へ返せたらしい。
本人は完璧に丸め込んだと言っているが、エストさん曰く真偽は怪しいとのこと。
ミア様はまだ帰ってこない。
なんでも同時に処理する案件が多すぎて、かなりの強行軍で各地を飛び回っているそうだ。
無理をしていなければいいが……現状すでにだいぶ無理を重ねているらしいのは、俺にでも分かる。
せめて限界を超えるような事はせず、自身への最低限の労りを忘れないでほしいものだ。そう祈るしかできない無力さが歯痒い。
「ふッ――」
剣を一閃し、声もなく倒れた不審者をカルナに差し出す。
だんだんきな臭くなってきたと宣うカルナに煽られリクレス領を見回ること数時間、不審者の数が心なしか増えているように感じる。
気のせいと切り捨てるのも可能な程度ではあるが……不気味な感覚は拭えない。
そんな日が続くこと数日。
見回りの頻度を増やした影響で減っていた、密偵たちとの鍛錬の機会。菓子を作る暇もない最近はその成長を見るのが数少ない楽しみになっていたのだが……。
訪ねてきたルビーと模擬戦をしているところに、地味な格好の男が現れた。名前は聞いていないが、確かルビーの率いる部隊に居たはずだ。
「――失礼します」
「ネズ、何用か」
「エスト様からシオン様を呼び出すよう仰せつかっております」
「む……」
「悪いな、ルビー。少し外す」
「気になされるな。こちらこそ貴重な時間を割いて頂き、礼を言う」
「そう言ってもらえると助かる。じゃ、続きはまた今度な」
ネズについて執務室に通されると、エストさんは今日も積みあがった書類と格闘していた。
執事としての本能から茶の一杯でも淹れたくなるが、今は用件が優先だ。全速力を出せば用意くらいは数秒で……などという未練を抑えつける。
エストさんは手を休めると、小さくため息を零してから口を開いた。
「先日、ベムテ領の賊への処理をお願いしましたね?」
「はい」
「……再び、救援の要請がありました。どうやら新手の賊が現れたようです」
「それを片付けてくればいいんですね?」
「そうなります。同行するのもリースとケサス……内容は前回と変わらないと考えていいでしょう。今回はあちらも余計な事はしていないでしょうし、前回より事態は単純なはずです」
「分かりました」
潜んだまま話を聞いていた二人は先に準備に向かったか。俺もまた退出し、手早く支度を済ませて門へ急ぐ。
二人の密偵と合流し、前回と同様にベムテ領へ。
そこからは数日前の繰り返しのように、領地中に散らばっている賊に扮した不審者を潰していく。エストさんが予測した通りよその将軍が来たり不審者が既に死体になっていたりといった事態は発生せず、確かに単純な任務になった。
違いといえば……途中、そんな賊もどきの一団と交戦する見知らぬ部隊を見かけたくらいか。
リースによれば、その部隊を率いていたのはジャリスの腹違いの妹メアリとのこと。敵の練度も高い方だったが、数の有利もあって互角以上に戦えていた。
その身を案じたジャリスが必死に制しているが、当のメアリが血気盛んな事もあって抑えきれなかったと思われる、らしい。
メアリ自身、そして部隊の一人一人の実力も中々の水準に達していて、ジャリスが率いていた一団より強く見えたな。
被害を抑えるためにこっそり手助けはしたが、おそらく俺が手を出さなくても勝利自体は揺らがなかっただろう。
何人消してもリクレス領に侵入してくる不審者がいなくなることはない。
が……どういうわけか、ベムテ領も似たような事態に見舞われるようになったらしい。数日おきに救援の要請が来るようになった。
実際のところ恒常的に表れるようになった賊もどきの練度はかなり低く、ベムテの騎士団でも対処できるものだったのだが……時折紛れている比較的手強い部隊のせいで被害はかさんでいるとのこと。
リクレス領でも不審者を放置していたら同じ事態になっていたのかと思うとぞっとしない。
ただ、何度かそんな任務を繰り返すうちに密偵たちだけの部隊がベムテの救援に向かうようになった。
心配が無いわけじゃないが、アイツらも優秀だ。無事に任務はこなしてくる。
どちらかといえば……心配なのは、ミア様の方か。
何度かリクレス城に戻ってはきたのだが――。