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44.ベムテ領――3

「――リース、どうかしたか?」

「……私たちはジャリス殿からの救援に応じる形でベムテ領へ来ました」

「表向きは突っぱねてるけどな」

「ええ。……もし、彼が私たち以外の勢力にも救援を求めていたら? そして、独自の思惑を持った者が救援を名目にベムテへ来ていたら?」


 ……?

 リースの言っていることはよく分からないが、その様子を見るに事態は深刻なのだろう。

 実際、俺たち以外の勢力が来てるって予測は当たってるらしいし。


「確かに、誰か来てるな。馬に乗ったのが……十三人。どうする?」

「! でしたら相手に気取られないようにしつつ、まずは何者か探りましょう」

「了解」


 気の型の技の一つ陽炎で気配を消し、洞窟の外へ。気配を頼りに慎重に回り込み、その背後へと回り込んでいく。

 近づく程に気配ははっきりしてくる。

 相手側の密偵か? 一団から少し離れたところに三人分の薄い気配を感じる。その事をリースに伝え、向こうから察知されるギリギリの距離まで接近。


 ……そこには見知った顔が二つあった。

 一つはジャリスのもの。

 そしてもう一つは、実質リニジアへ侵攻してきたセム=ギズルの……誰だったか。

『マディナ・カルタ。セム=ギズルの将軍ダよ』

 そう、マディナ将軍。ミア様に斬りかかった狼藉者だ。

 なんでまたお前らが出てくるんだよ!

 予期せぬ面子に内心そんなことを考えている間にもマディナたちは移動を続け、賊に扮した一団の骸が転がるところまで迷いない足取りで辿り着いた。

 まずマディナのそばにいた側近らしき騎士が馬を下り、骸の一体を無造作に探る。

 そして……小さなバッジのようなものを取り出した。

 続いて検められた他の骸からも同様のバッジが見つかる。

 一通りの確認が終わったところでマディナは懐から密かに取り出した紙をチラチラ覗きながら読み上げる。


「んー……」

「シオンさん、将軍がなんと言っているか聞き取れますか?」

「ギリギリな。えっと……『レクシア地方ベムテ領に対するバルクシーヴの卑劣な侵略行為は許容されざるものであり――』」

「っ、止めてください! 彼女が言い終える前に!」

「よし来た!」


 有無を言わせぬリースの指示に二つ返事で応え、全力で地を蹴る。高速で移動しながら更に二歩、三歩と加速していく。

 ……背天邪流じゃ練度が足りないな。元から見つからない事を前提にしてるんだ、天武剋流でいくか。

 まずは虚の型、飛弾で隠れている邪魔な密偵たちを気絶させて、と。


「すぅっ……」

「中枢評議会はベムテ領主ジャリス・サジョリマの――ッ!」


 陽炎による隠形を一瞬だけ解き、入れ替わりに潰威を使ってプレッシャーをかける。

 俺が見つかるのは良くないか……言葉を詰まらせたマディナが振り向くより早く跳躍。宙を蹴り三次元的に視界の外へ逃れ、剣を鞘に入れたまま腰から外し構える。

 烈の型、狼牙連襲。一団の中へ飛び込んで剣を振るい、ジャリスを除いて全員の意識を刈り取った。

 おそらく誰も、自分が攻撃を受けたことさえ気づかなかったはずだ。


「な、なな……マディナ将軍!? き、貴様は……!」

「あー、悪いが俺にもよく分かってねぇんだ。詳しくはアイツに聞いてくれ」


 位置関係的に面倒なところにいたし、ジャリスはおそらくこっち(、、、)側だろうという判断から残しておいた。

 案の定激しく狼狽えるジャリスに説明にもなっていない言葉をかける。

 リースを手招きすると、ぽかんとしていた緑髪の密偵は我に返ってこちらへ駆けてきた。


「なんて事してくれるんだこの下郎が!」

「まぁ落ち着けって。な?」


 頭に添えた手から振動を打ち込み、ずっと喧しくしているジャリスを静かにさせる。

 うん、辛うじて意識は残ってるな。

 話は聞ける状態を保ちつつ、喚くだけの余力は奪い取る絶妙な力加減。我ながら良い仕事をしたと一つ満足げに頷く。

 さて……一応誰も殺しちゃいないが、どうしたもんか?


「とりあえず状況は収めといたぞ。どういう事か説明してもらえるか、リーズ?」

「キミが説明聞いても意味無いダろうに」

「カルナお前、出てきて早々に――」

「いえ、ご説明します。私も少し、話しながら考えを整理したいので」

「……あれ、リーズ?」


 そこはかとなくリーズまで俺が説明理解できないのを前提にしてる気がするぞ?

 ちなみにカルナはリーズの一瞥を受けると、肩をすくめて姿を消した。お前なにしに出てきたんだ。


「……おそらくマディナ将軍が読み上げていたのは、バルクシーヴへの宣戦布告……それもジャリス殿を矢面に立たせる形でのものです。それをジャリス殿が聞いたという事実が出来てしまえば、十中八九ここベムテ領は戦場になる」

「……! だ、だが……うっ……」

「おい吐くなよ駄犬」


 さすがに領主として自領が戦場になるという言葉は聞き逃せなかったのだろうか。

 しばらく声も出せないはずのジャリスは、青い顔ながらも口を開いた。

 七割ほど本気で危惧している俺の声は無視して言葉を続ける。


「ぐ……実際、もう将軍は……来て、しまった。このままでは……どう……説明、すれば……」

「マディナ将軍はジャリス殿と賊の身柄を確認しに向かう途中、部下の方々と同時に突然意識を失い落馬しました。病か、はたまたベムテに伝わる悪霊の祟りか……」

「ふざける、な……そんな理屈……通るとでも……」

「通してください。貴方の領地を戦禍に晒したくないのならば」


 リースが平然と言ってのけたのは、俺でも不自然に感じるレベルの言い訳だった。

 もっとマシな理由はないのか……と考えてみたところで、俺の頭からそんな上等な答えが出てくるはずもなく。

 ジャリスも反論するが、リースは至極真剣な表情で言葉を重ねた。


「幸いシオンさんのおかげで証拠は何一つ残っていません。どれだけ追及されようと、シラを切りとおしてください」

「っ…………」

「それでは、私は工作に移ります」

「俺も手伝う」

「いえ、そんな……」

「まだよく分かってないが、奴らが起きる前に済ませた方がいいんだろ? それとも俺じゃ足手纏いか?」

「そんな事は! ……済みません。それでは、手伝って頂いてもよろしいでしょうか」

「任せろ、当然だ」


 ……勇者時代の経験もあるし、こういうときに何をすればいいかって事については実は少し知識がある。

 悪魔がピクリと反応するのを意識の片隅に感じながら、俺は転がる骸に歩み寄った。


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