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39.リクレス城――26

 それからまた数日が過ぎ、模様替えも一段落したのか城に静けさが戻ってくる。

 俺はいつもの鍛錬場で密偵たちにひとまず最後となる訓練をつけていた。


「…………」

「……シオン殿、如何なされた?」

「ん? ああ、ルビーたちも見違えるくらい強くなったと思うと感慨深くてな」

「! ……勿体ないお言葉」


 思ったままの事を言うとルビーは恐縮するが、事実として密偵たちは桁違いに強くなった。それこそ今や普通の密偵でも最初の頃のハンジと互角以上の実力をつけている。

 まぁ、例の緑の密偵を基準にしたから当然といえば当然か。下位の密偵が奴と同等の実力者複数に出くわしても逃げ切れるように鍛えた。

 その上で個人の適性に見合った技術を身に着けさせたから、その力は大陸でも指折りのものだろう。少なくとも俺が大陸を巡ってる時に出会った同門の中ではかなり上位に入る。


「――ま、次からは俺たちが新参に教える側っすからね。最後に師匠からお墨付きがもらえて嬉しいっすよ」

「最後? そうか、今日で最後か……じゃあもう一つ型を教えておくか。全員にな」

「全員に?」

「そうだ。一応奥義というか極意って事になるのかな? 割と地味だが、今のお前らなら役立てる事が出来るはずだ」

「「「…………!」」」


 そう言うと、例によって俺から指示を出すより早く密偵たちの注意が集まった。

 実際もう最近の訓練は反応速度の限界を引き上げるのと覚えた技を身体に馴染ませるものばかりだったし、タイミングとしてはちょうど良いだろう。

 いつもより更に反応が良かった気もするが、やっぱ奥義とか極意とかいうワードの力か?


「最後に教えるのは気の型。天武剋流ではまぁ唯一、精神的な技術を集めた型だ。尤も、俺に出来るのは入り口と出口を示すくらいだがな」

「入り口と出口……でしょうか?」

「ああ。どんな感じのイメージからどういう効果を引き出すかなら教えられる。だが、イメージと技を結びつける道は人によって違うんだ。……能書きを垂れるのはこれくらいでいいか、早速やってみるぞ。まずは潰威って奴」

「「「ッ……!?」」」


 やった事は単純、密偵たちを一度見渡してから殺気を放っただけ。

 だが、それだけで彼らは身動き一つ取れなくなる。

 ……よし、全員に効いてるな。

 基本的な原理は相手にどう動いても無意味だと思わせる事だから、実はそれが理解できないくらい実力に隔たりがある相手には効き目が薄い。

 改めて密偵たちの訓練の成果を感じて一つ頷く。


「じゃあ今から合図したら動ける奴は一斉に動いてみろ。一、二……三!」


 合図と同時に殺気を強める。

 下位の方に腰を抜かした密偵が数名、そして咄嗟に回避行動を見せたのが上位密偵のハンジ、ルビー、リースの三人。

 本人の気質とかで相性も変わってくるから一概にこの結果で序列をつけるわけにもいかないんだが、上位三人に関しては立ち会った時に感じる実力の順になったな。


「今のは、お前らがどう動いても何の抵抗にもならないって事をちらつかせて動きを封じたわけだが。俺はお前ら一人一人が最もヤバいと思う動きを把握してたから簡単にここまでの効果が引き出せたわけ。例えばこれを双の型を修めたハンジがやろうとすれば相手の至近距離で双剣を構える事になるし、迅の型を修めたリースなら相手の急所に照準を合わせる動作がキーになるだろう。これは適当な例だし、実際どういう形になるかは分からんがな」

「それは、刃物を突き付けられた一般人が竦み上がるのと……」

「根本的には同じだな。それを歴戦の猛者にも通用させるのが技術って奴だ」


 技を解いてから簡単に種を明かし、次の技に話を進める。

 周囲の生き物の気配を探知する捜気、逆に自らの気配を遮断する陽炎、後の先を狙う構えの無明。この辺はまだ教えるのも簡単だったんだが……。

 ダメージを受けても怯まない事で隙を無くす纏鋼や精神を平静に保つ水鏡あたりは実演も一苦労だった。

 特に水鏡なんか、日常でも冷静さを保ちたい時とかかなり使うんだけどな……。


 そうやって技を一通り教えた頃には、もう随分と時間が経っていた。

 こうして大勢が成長していく様子を間近で見守り続けるのも最後かと思うと名残惜しいが、そろそろ切り上げることを伝える。


「――こういう形でお前らの訓練を見るのはこれが最後になるわけだが。俺はお前たち密偵と違って、普段は城で安穏としてるような執事だ。これからも可能な限り力になろう。なんならヤバい任務の一つや二つ代わってもいい。……まぁ、アレだ。何かあれば遠慮なく頼ってくれ」


 言い終えると沈黙が場を満たした。

 自分の発言が照れくさくなってきた頃、密偵たちは言葉も無く一斉に深々と頭を下げる。

 その光景に、言いようの無い感情が込み上げてくるのを感じた。

 ……言う事は言ったし、もう良いよな?

『別に――』

 何か脳内で聞こえた気もしたが、そんな事に意識を向ける余裕も無い。

 天武剋流の正当な後継としての力の全てを駆使し、俺は全速力で自室へ駆け戻った。


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