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36.リクレス城――23

「――城の模様替えを行うわ。通常業務なんて捨て置いて、三日で仕上げなさい」

「「「……!?」」」

「指揮はエストに任せるわ。それとシオン、リディス……あとはシエナ。アンタたちには個別の仕事があるから、後で私の部屋に来なさい」


 それから数日後、ミア様は城中の使用人を集めてそう言い放った。

 通常業務を捨て置いて、か……随分と極端なことを言う。

 それにしても個別の仕事って一体なんだ? 俺とリディスならまだギリギリ分かるが、シエナまで呼ばれるとなるとよく分からない。

 庭園関係の事か? でもそれだとリディスが呼ばれた理由が分からなくなるし……。

 内心で首を傾げながらミア様の部屋に向かう。


「三人とも揃った? じゃあリディスは残って書類の処理。シオンとシエナは部屋に戻って大人しくしてなさい」

「畏まりました」

「え? あ、あの……ミア様……!」


 集まった俺たちへの主の言葉はなんとも素っ気ないものだった。

 俺もだが、事情についていけない様子のシエナが声を上げる。俺たちほどミア様と近しくないせいか、珍しく気後れしているようだ。


「なに?」

「その……個別の仕事、というのは……?」

「あー、その話なら嘘よ。模様替えが間に合っちゃ困るからシオンとリディスを抑えたかったんだけど、私が新参の二人を特別扱いし過ぎたら何かと面倒だからカモフラージュに使わせてもらっただけ。給料は普通に出してあげる」

「間に合ったら、困る……?」

「そ。アンタが詳しく知る必要はないしコレ秘密だから他言無用だけどね。一応これまでの働きとか評判を聞いてアンタにしたんだから、裏切らないでよ」

「は、はいっ!」

「分かったなら下がりなさい。シオン、アンタもよ」

「「それでは、失礼致します」」


 ミア様が書類を捌き始めたところで俺たちは退室する。

 説明を聞いて俺も事情を理解できた。俺が模様替えに関わらないことに関しては上手い言い訳も思いついてなかったし、正直助かった。

 そうなると……密偵たちに天武剋流を教えるのもそろそろか。ある程度の方針は立っているが、まだ調整できるところが無いか確かめておくとしよう。

 そんなことを考えながら歩いていると、隣でシエナが大きく息を吐き出した。


「ふぅー……ビビったぁ。てっきり首でも飛ぶのかと」

「大丈夫だって、心配しなくてもミア様はそんな人じゃないから」

「へぇ、ずいぶん知った風な口を利くじゃない? まぁあの書類の山見て少し印象変わったのも確かだけど。ところでシオンは詳しい事情っての知ってるの?」

「まぁ、多少は。一つ言えるのは、ミア様はリクレス領を守るために最善を尽くしてるってこと。だからシエナも、ミア様のことを信じてくれると嬉しい」


 そう言うとシエナは立ち止まり、きょとんとした顔をした。普段から身軽に動き回っている先輩のこんな反応が見れることはあまりない。

 少しして歩みを再開すると、シエナは少し困ったように呟いた。


「はは……それを聞いて、先にシオンが騙されてないか疑っちゃうアタシってのも中々性格悪いみたいね」

「えっと……」

「――分かったわよ。一介の庭師に出来ることなんてたかが知れてるけど、自分の主くらいはなるべく信じてみようじゃない」


 そう言って、カラリと笑うシエナ。

 ……シエナにはこの表情が似合うな。不覚にも少し見惚れた。


 先輩と別れて自室に戻る。

 完璧に仕上げたつもりでも、改善点ってのは見つかるもんだな……。

 紙にまとめたデータに手を加えながら反省する。

 だが、これ以上内容を詰めようと思うとそろそろ厳しいな。一度相手の動きくらいは見ておきたいものだが。

 そう頭を悩ませていると、ふと気配を感じた。

 その出所は天井の一角。その一部が正方形の形にずれ、隙間からハンジが顔をのぞかせた。


「これでも気配は消してきたつもりなんすけど……流石っすね」

「ま、俺は人よりそういうのに敏感な方だからな。そんなところに隠し通路があった事には驚いたよ」

「用件は事前に伝わってるはずですけど、今大丈夫っすか?」

「ああ。ちょうど良いタイミングだ」

「それは良かったっす。じゃあ、自分の後ろをついてきてください」


 長らく訓練以外で振るっていない愛剣を持つと第二席の密偵に従い、俺も天井裏へ。

 こう表現すると違和感があるが、そこには床下のようなスペースが広がっていた。

 その構造には精通しているのか、ハンジは慣れた動きで迷う事なく進んでいく。

 縦穴のようなところを上り下りしたり、分かれ道を進んだり……流石に方向感覚が怪しくなってきた。

 最後に縦穴の一つを降りると、そこには何もない広めの空間が広がっていた。壁なんかの素材を見るに、前ジャリスたちを捕らえていた牢なんかに近いな。

 十人ちょっとの人間が集まっているが……もしかして、コイツらが密偵か?

 中には使用人として見覚えのある顔もある。

 ただ、どうも数が少ないのが気になるところか。


「それで、コイツらに天武剋流を教えれば良いんだな?」

「そうなるっす。ちなみに今いるのは密偵の中でも上位の面々っすね」

「そういう事なら次は他の奴らも連れてこい。気を遣わなくても百人くらいは同時に教えてやれるし、使える人員は多い方が良いだろ」

「覚えとくっす」

「じゃあ早速始めるとするか。まずはお前たちの動きを確認したい、全員で遠慮なくかかってこい」

「了解……全力で行かせてもらうっすよ!」


 密偵の中でも上位というだけあって話が早い。

 俺が鞘に入ったままの愛剣を構えると、ハンジたちは一斉に仕掛けてきた。


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