34.リクレス城――21
ミア様の意思は領地の防衛だ。必然的に俺のやるべき事もそれに則る形になる。
……仮に、リニジア領から軍が送り込まれてきたら?
数があろうと所詮は人間の軍隊、俺一人で壊滅させる事も不可能ではない。しかし――。
「――そう深刻な顔をしなくても、大丈夫ですよ」
「……?」
思考はリディスの声に遮られた。
その意図を察しきれずに首を傾げると、俺なんかより余程正確に現状を把握している彼女は慌てた様子もなく頷く。
「領地を一つ取り込むのは多大な時間を要します。橋頭保にしようとするなら尚更、事を急げば余計なリスクを背負うことになるでしょう」
「あー……本でも読んだな」
リディスが言う事は分かる。
だが、理屈がたった一人の計算外によって覆されるのを見たばかりだ。
俺が今一つ納得しきれないのを察してか、リディスは更に言葉を続ける。
「内密の話ですが……リニジアにはこちらからも人員を送り込んであります。万が一こちらを攻める動きがあれば、内側から攪乱して背後を突くようにと」
「なら、最悪でも事前に情報だけは得られる……のか?」
「そうなりますね。他にも矛先を逸らす工作が幾つか進んでいるので御安心ください」
「……まぁ、俺にはその辺の機微は分からないからな。お前が大丈夫だって言うなら、それを信じるよ」
「任せてください。わたしたちは、シオンさんを戦場に立たせない為に頑張ってるんですから」
「そうなのか?」
「シオンさんが強いのは知ってますけど、それでも傷ついてほしくないし、誰かを傷つけてほしくもないんです。それに……その力が知れ渡れば、絶対に面倒な事になりますし。そんな事にシオンさんを巻き込ませられませんから」
そう言うと、リフィスは何故か俺の肩口をじろりと睨んだ。
今そこにカルナは居ないんだが。
「――あ、もうこんな時間……済みません、少し長居し過ぎましたね」
「別に気にしちゃいないさ。だがまぁ、確かにもう寝ないと明日が辛いかもな」
「折角ですし今日はここに泊めてもらいましょうかね?」
「ん?」
「なんて、冗談ですよ! もう子供じゃないんですから。それでは失礼しますね」
「おう、また明日」
俺が首を傾げるのより早いくらいのタイミングで言葉を被せると、リディスはそそくさと部屋を後にした。
手元に置きっぱなしだった本を片づけ、俺も休むことにする。
……参ったな。
俺を戦場に立たせないためだなんて言われたら、迂闊に動くわけにもいかない。
「――でも、本当にそれで良いのかい?」
出たな悪魔。
今日はもう相手にするのも億劫だ。
誰も居ないのを良いことに実体化したカルナに、寝返りを打って背を向ける。
そんな俺の様子など一顧だにせず、悪魔は一人で喋り続ける。
「キミも気づいてるはずダ。彼女らが手札にしてる『弱さ』が、どれダけリスキーな代物かって事にね」
「…………」
「ま、いずれキミにも選ぶ時が来るよ。彼女らの願いと生命、そのどちらかを……ね」
予言めいた言葉を残してカルナは姿を消した。静寂が嫌に耳につく。
その薄っぺらな言葉に揺さぶられるのは……指摘された通り、俺自身も思い当たる節があるからか。
もしカルナが言うように選択を迫られる時が来たら。その時に選ぶものなんて決まってる。
だが、それでは駄目だ。どちらかを選ぶというのは、同時に選ばなかった方を捨てるという事でもある。
願いと生命、そのどちらも守るために。
俺に出来ることは……何だ?
慣れない事を考え込んだせいか、その日はよく眠れなかった。
そしてその翌日。
仕事を終え部屋でアルマに借りた本を読んでいた俺は、ミア様から呼び出しを受けた。




