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32.リクレス城――19

 場の空気を誤魔化すように勢いよくケーキを口に運ぶアルマ。

 一口目でその動きが止まった。二口目を口に入れると、検証するように慎重に咀嚼する。


「クリームの甘さに、この風味……洋酒?」

「ああ。これでも自信作なんだぜ」

「……貴方が作ったんですの?」

「ん? そうだけど」

「…………」


 質問に答えると、アルマはまた値踏みでもするように一口。

 そして考え考えといった様子で口を開く。


「貴方は、よく分かりませんわね」

「いきなり酷い言い分だな」

「……そうでした。貴方の謝罪を受け入れるなら、私からも謝らないといけませんわね」


 アルマはフォークを置き、背筋を伸ばしてこちらを見つめる。

 その佇まいはリクレス領に代々身を捧げてきた騎士の系譜にふさわしい風格を備えていて、自然とこちらも気が引き締まった。


「悪気はなかったのを知りながら一度の過失を責めるような態度を取り続けた無礼をお詫びします。申し訳ありませんでした」

「いや、いいよ。元はといえば俺が悪いのも事実なんだし、今回はお互い様って事で……」

「分かりました。ご厚情に感謝しますわ」


 そう言うとアルマはにこりと微笑んだ。

 予想だにしなかったその表情に跳ねた心臓を一呼吸に押さえつける。

 主に精神面に関する技の属する心の型。いつか日常でも頼る日が来るだろうとは思っていたが、まさか今日になるとはな。

 この型に関しては基本、技に頼らずとも平常心を保つのが完成形なのを考えると俺もまだ未熟って事か。

 ミア様とリディス、あとはエストさん辺りさえ警戒しておけば大丈夫だと思ってたんだが……。

 俺が内心で反省していると、アルマは話を続ける。


「失礼を承知で申し上げますと……最初は貴方のことを縁故でミア様に取り入っただけの小物だと考えていました。先日の武働きで修羅のような心を隠していたのかと思えば、今度はこんなに素敵なケーキが作れると言う。とても同一の人間だとは思えないほどです」

「へぇ……なんか難しいこと考えてるんだな。ただ、俺は戦い自体は好きじゃないぞ? 剣を振ってるとすっきりするのは確かだが、それとこれとは別だ。それなら菓子でも作ってるほうが余程良い」

「そう、なんですの?」

「ああ」


 というか、普段も割と真面目に働いてるつもりなんだけどな……。掃除とか庭の手入れとか。

 まぁそういう時にアルマを見かけたことは無かったはずだし、向こうも単純に知らなかっただけだろう。執事と御者じゃ行動範囲だって重なるとは限らない。

 アルマの部屋だってミア様やリディスの部屋と違って、こうして入るのは初めてだし……まあ、他の使用人たちと大差ない部屋だが。

 だからこそ違いが目に留まるって事なんだろうか。俺の知るものとは異なる装いの本が収まった本棚に、つい視線が吸い寄せられる。


「本にも興味がお有りで?」

「ん? ああ、悪い」

「構いませんわ。別に仕事中というわけでもありませんし」

「そう言ってもらえると助かる。本についちゃ、読むようになったのは最近だけどな。中々面白いもんだと思う」

「そうですの。……この本はご存知でしょうか?」


 アルマは席を立つと、本棚から一冊の本を取り出してきた。

 ずいぶん薄いな……いや、本といったらこれくらいが標準か。シエナの本に慣れたせいで、感覚が少しおかしくなってるらしい。

 それは俺が昔イメージしていた通りの普通な本。やっぱりシエナの本は標準規格じゃなかったようだ。

 本そのものに見覚えはなかったので、素直に首を横に振る。


「少し前に流行した物語です。まだ読んでらっしゃらないようなら、お貸ししますわ」

「良いのか?」

「もちろん。今日のケーキのお礼です」

「そういう事なら、遠慮なく。楽しみに読ませてもらう」


 アルマもケーキを食べ終わったタイミングでその場はお開きになった。

 食器の片づけを済ませて部屋に戻り、借りた本を早速読み始める。

 ……時間はあっという間に過ぎていき二時間後。


「――アルマ! 良かったらこれの続きを貸してくれないか?」

「もう読んだんですの!? な、なんにせよ、お気に召したようで何よりですわ」


 叱られない程度の全速力でアルマの部屋へ駆けつけることになった。

 今まで読んでた本が何だったんだってレベルで……いや、こういう言い方は良くないか。ともかく、そう言いたくなるくらいに面白かった。

 内容に引き込まれるというか、その感覚は精神修行の果てに一つの境地へ辿り着いた時にも通じるものがある。

 本棚に並ぶ背表紙にさっと目を通し、残る巻数を確認する。

 ……しばらくは、これが日課になりそうだ。


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