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31.リクレス城――18

 エストさんからアルマの事情を聞いた翌日。

 傷もほとんど癒えてきた気がするな。というかそれ以上に、身体が鈍りだしているんじゃないかと心配になってきた。

 政治に関して俺は無力だし、まだしばらくは暇を持て余すことになるんだろうが……しばらく鍛錬をしていないせいで落ち着かない。

 今度リディスかエストさんが来た時にでも、退院を申請してみようか。

『確かに傷はダいぶ治ってきてるけど、あんな鍛錬したら間違いなく悪化するね。駄目ダと思うよ』

 ……………………。

『……ま、普通に大人しく過ごすダけなら良いんじゃないかな?』

 そうだよな。次に許可を請う時は口添えでも頼む。

『別に構わないけど、また貸し一つダからね』

 むっ……。


 それからしばらくして、リディスが昼食を運んできた。

 今日はけっこう遅かったな? 聞けば厄介な案件を相手取っていたそうだ。例によって政絡みの話で、一応聞いてみたものの俺にはさっぱりだった。

 さて……若干の緊張を抱えながらも、本題に入る。

 リディスはカルナを嫌ってる節があるから不安は残るが、この悪魔が俺の一番の主治医であることも知っている。

 迷いが無かったとは言えないが、仮退院の許可を求める援護射撃を任せてみることにした。


「――頼む」

「うーん…………」


 敵意を隠さない目でカルナを見た後、話を聞いたリディスは考え込む素振りを見せた。

 唸っていたのはそう長い時間ではない。渋々といった様子ながらも、リディスは首を縦に振った。


「仕方ないですね……ですが、条件があります」

「なんだ?」

「ハンジさん、じゃなくてもいいでしょうね。誰か適当な隠密を監視につけます。無茶をしないのはもちろん、監視を巻いて姿を眩ますような真似も厳禁。それは守ってください」

「……分かった」


 リディスが医務室を去った時点で行動を開始。

 とはいえ時間が悪かったせいか、特に仕事は残っていなかった。或いは誰かが既に取り掛かっていて割り込めない状態にある。

 少し考えた末、一つやるべきことに思い至った。

 一度きちんとしておかないといけない事だし、この時間が使えるならちょうど良いだろう。

 簡単に身支度を整え、庭の手入れをしていた同僚に手続きを任せて城を出る。

 まだ病み上がりの身だ、身体には負担をかけないようにしないと。

 ――避の型、柔羽躍。

 本来は身を軽くして相手の攻撃に合わせて下がりダメージを減らす技。

 戦闘を目的とした武術としての使い方とは逸れるが、慣れてくればこうして移動距離を稼ぐのにも使える。

 速度に拘るならもっと速い方法もあるが、身体を労わるならこれが最適だ。


 まぁ、元々そこまで遠出するつもりもない。リクレス城近隣の村を幾つか回るだけだ。

 給金なんて貰ったところで使い道なんて無いと思ってたが……そうとも限らないもんだな。

 今回のはいつもと違う。個人に作るものだし、意味を考えれば有り合わせのものを使うのも良くはないだろう。

 慣れない目で素材を厳選し、少し多めに仕入れて俺は城に戻った。

 移動に柔羽躍を使ったせいで監視の隠密を振り切っていたらしくリディスの前でしばらく正座する羽目になったが、なんとか見逃してもらって厨房へ入る。


「…………」


 最近よくしていたように、鍛錬もしながら調理するような事はない。

 今まで身に着けた技術の限りを尽くして形を作っていく。


 ――それから数時間。

 作業を終え、夕食をとり、残る時間は大人しく潰して待った。今確認したところ、()の方もかなり良い具合に仕上がっている。

 跳躍でこっそり階段をショートカットしながら、向かう先はアルマの部屋。

 ノックをすると不機嫌そうな声で入室の許可が下りた。


「……何の用ですの?」

「この前フィムフに置き去りにした事について、まだきちんと謝ってなかったからな。これは詫びだ」


 持ってきた皿の蓋を開け、渾身のチーズケーキを差し出す。

 これが駄目なようなら次の一手も隠し持っていたが、杞憂だったらしい。その頬が一瞬緩んだのを俺は見逃さなかった。

 アルマはすぐ仏頂面に戻ると、これまでよりは幾分か弱々しく睨んでくる。


「……他にも、言いたいことがあるんじゃなくて?」

「ん?」

「私の事は聞いたのでしょう?」

「ああ。俺に言えることなんてあまり無いが、一つ言うなら……敬意を表する、かな」

「……え?」

「誇りと、それを守ろうとする強さ。アルマはそれを備えていると思う」

「ふ、ふんっ。何を言っているのか、よく分かりませんわ!」


 アルマはそう言うと勢いよく顔を背けた。

 だが、俺の言いたかったことは無事に伝わっているらしい。その横顔は誤魔化しようのないほど赤く染まっていた。


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