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30.リクレス城――17

「昼食です」

「ありがとうございます」


 ノックに応え、読んでいた本を閉じて脇に置く。

 医務室に入ってきたエストさんはテーブルの上に手際よく皿を並べていく。

 今日はホットドッグか。豪快にかけられたケチャップとマスタードの香りが食欲をそそる。


「それにしてもエストさんが来てくれるのは珍しいですね」

「ええ。今日は偶々手が空いたものですから」

「お疲れさまです」


 噛むと同時にソーセージがパリっと小気味よく弾け、溢れた肉汁の香ばしい風味が調味料の刺激と絶妙に混ざり合う。

 挟んでいるパンの食感もレタスの瑞々しさも引き立て合っていて、ボリュームに反して一向に飽きが来ない。

 冷製スープも素材の味を生かしつつ、適量かけられた胡椒が良いアクセントになっていた。

 特に急いで食べたつもりもないのに、気づけばデザートまで平らげていた。やっぱりエストさんの料理は別格だな。

 同じレシピで作ったとしても、この仕上がりを超える自信はない。


 デザートの類と違い、こうした料理は食材も調味料も本当に幅広い。

 その中から相性の良い組み合わせを見つけ出すセンスももちろんだが、しかしそれ以上に卓越しているのは調理の手際か。

 何度かその様子を見せてもらったものだが、包丁捌きや調理の工程ごとのタイミングの見極めは未だ俺の及ぶところではない。

 おそらく俺がエストさんと正面切って戦えば、動きの鋭さや速度で引けを取ることはない。

 それでも差が生じてくるのは、ひとえに調理という行為の習熟を根底にした、洗練された動き。最適なタイミングや食品の処理方法が身体に染みついているのだろう。

 数年前まで料理のりの字も知らなかった俺が一朝一夕に追いつけるようなものではない。


「御馳走様でした」

「お粗末様です」


 手を合わせた俺が動くより早く、エストさんは食器の片づけにかかる。

 ……そうだ。あの話(、、、)を聞くのに、この人より適した相手はいないかもしれない。

 ふと思い立って尋ねてみる。


「――エストさん」

「なんでしょうか?」

「この前アルマの話し方について、何か理由があるのか聞いてみたんですが……事情なら他の人に聞くよう言われたもので」

「そうですか……。分かりました。ただ、食器だけ一度下げてきますね」


 エストさんは僅かに逡巡する素振りを見せたが、すぐに頷いた。

 ……あまり良くない話、なのだろうか。

 初めからなんとなくそんな雰囲気は感じていた。だから時々見舞いに来てくれる他の同僚にも尋ねにくいものがあったが……。

 エストさんからなら、おそらく一番公平な立場からの話が聞けるだろう。

 本に手を付けることもできず、少しそわそわしながら待つこと数分。再びノックの音が響き、エストさんが戻ってきた。


「それで、アルマの話でしたね?」

「はい」

「彼女の父はリクレス家に代々仕えてきた騎士の一門でした。かつてシオンがこの城を去った後、塞ぎがちになっていたミア様の友人として紹介されたのが最初の接点です」

「友人として……」


 その話を聞いたとき、頭を過ったのは違和感だった。

 確かにミア様が馬車で外出する時、その御者をするのはアルマだ。だが二人の会話は友人同士というには不自然……むしろ、時として他人行儀でさえあったように思える。

 それに、御者という役職はどちらかというと下働きに近いものがある。今聞いたアルマの立場に見合うものではない。

 そんな俺の疑問も察した様子のエストさんは、どこか悲しそうに視線を下げた。


「その後のミア様の御兄弟についてはご存知の通りですが……その後、未遂に阻止された幾つもの反乱がありました」

「? っ、まさか……!」

「はい。その一つでバルクシーヴと結託していたのが、アルマの父です。加担していた騎士たちは粛清され、彼らに連なるものもまた処罰を受けました」

「アルマは、その反乱に?」

「関与の無かったことは明らかになっています」

「…………そうですか」

「話は、これで全てです。それでは失礼しますね」

「はい。ありがとうございました」


 部屋を出るエストさんに頭を下げて見送る。

 それから少し時間が経って、傍にあった本を思い出したように手に取る。

 だがページをめくりながらも、頭の中では別の考えが渦巻き続けていた。


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