3.リクレス城――2
新シリーズ3話投稿の三話目です。
「あ……シオンさん!」
「ん?」
背後から聞こえた声に振り返る。
そこに立っていたのは蒼髪を風に靡かせる女騎士だった。
見覚えは無いが……先程のカルナのこともあって断言はできない。
記憶を掘り返していると、察したらしい相手は小首を傾げた。
「わたしの事、忘れちゃったんですか? ……あれ程やったのに……」
「あ、あれ程?」
「いえいえ何でも無いですよー?」
ボソっと付け加えた呟きになぜか背が寒くなる。
騎士がポーズを取るたびに、何かが頭を刺激するが……なんだろう、同時に思い出すのを拒むような頭痛が生じる。
もしかして俺は間違いの許されない分水嶺に立たされているんじゃないのか?
「あーっ、もう限界! 時間切れです!」
「わぷっ!?」
騎士はいきなり叫ぶと抱き付いてきた。迷った隙を突かれたせいで逃げそこなう。
う……頭痛がひどく……!
正直男なら反応せずにはいられないはずの顔に当たる感触に、なぜか恐怖にも近い感情が沸き上がる。
そういえば、こんな相手に心当たりは無かったか?
自分より年上のはずなのに、なぜか年下のように接してくる相手だ。
それは懐かしくもあり、恐ろしくもあり――。
やがて拘束から解放された俺は、自分が立つのもやっとなレベルで動揺しているのを自覚せずにはいられなかった。
「だいたい三年ちょっと前ですかねー。ロドフェス開祖に連れられてエルミヌイに来たことは思い出せます?」
「あー……どうにか。確か、いつも晴れてる街だった気がする」
「その時滞在したのがわたしの家です。父さんはメリー商会支部長のお抱えで、開祖の弟子でも出世頭の一人でしたから」
エルミヌイといえばバルクシーヴ北の商業都市。
祖父が酔って機嫌の良い時に、弟子は皆その才を開花させて大陸全土にどうこうとか言っていた気はする。
実際、修行の旅の数年間は生まれてから見たこともないような豪勢な屋敷や城を転々としたものだ。それこそ異世界の王城と見紛うレベルの。
そして……思い出した。
子供の頃から積極的で、かと思えば時折よく分からないことを呟いたり。
修行にも慣れつつあった俺より断然強かったり。
そして極め付けはその名前。有り得ないはずの仮設を一つ前提にするだけで、その全てに説明がつく。
「……もう、師匠って呼んでも通じますか?」
「リディス……か? ツィダルダンケの」
それは、召喚された異世界の地名。
そこで主に拠点にしていた宿の娘がリディスだ。
正義感に伴う無謀さはあの世界ではあまりに危険過ぎた。
何の縁か彼女を守って戦うこと数度、いつしか俺を師匠と呼んで付きまとうようになり……。
リディスが話すところによると、魔王が討たれてしばらく後に散り散りになった七つの神宝を集めた功績でこの世界に転生してきたんだとか。
……異世界で「勇者落ち」と呼ばれた俺の力は悪魔のもの。とてもじゃないが人に教えるような代物ではなかった。
だが、今は違う。
俺は大陸に遍く門を構える天武剋流が開祖ロドフェスの孫にして後継。
この身に叩き込まれた全てを伝える事ができる。
「構えろ」
「え……?」
「待たせたな。今ならお前の師匠にもなれる。――これでお前の方が強かったら笑い話にもならないがな」
「はは、まさか。……鈍いのは相変わらずですね」
「ん?」
「いえ。それでは――行きます!」
リディスの表情が驚きから苦笑に変わり、そして引き締められる。
腰の双剣を抜いて少し離れると、騎士は助走をつけて斬りかかってきた。
その速度は異世界の勇者たちと比べても見劣りしない。突進の勢いを乗せて放たれる剣戟は生半可な防御など容易く打ち崩すだろう。
「良い剣筋だ」
「――ッ!」
腰に下げたポーチからナイフを二本取り出して両手に構える。
些か頼りない強度は魔力を通して補い、技の限りを尽くして双剣を迎え撃つ。
リディスの連撃は速く、重く、それでいて最も有効なポイントへ正確に剣を叩き込んでくる。
だが、技はあまり多くない。
もちろん単純な技量という意味では並の剣士の及ぶところじゃないし、小手先の技術など粉砕して余りある実力は圧倒的だ。
それでも……。
「これならどうだ?」
「く……」
「もう一押し」
「ッ! ――、参りました」
戦い全体の流れを制する力には僅かに欠ける。
詰まってきた距離。長剣の間合いを保とうとしたリディスの勢いが緩み、一瞬の隙が生まれる。
双剣の柄を強く打つも、リディスは手を強く握り武器を手放さない。
しかし体勢は崩れた。そこで懐に潜り込み、首元にナイフの背を押し当てる。
ふぅ……まだ俺にも教えられることは多いみたいだ。
少し、安心した。