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22.リニジア領

「…………」

「どう、シオン?」

「……通れます。おそらく、警戒をする必要も薄いかと」

「何か気になる事でもあるみたいだけど、どうしたのよ」

「…………理屈では説明できないのですが、砦から……違和感というか、嫌な感じがしまして」

「へぇ? リディスは何か分かる?」

「そうですね……強いて言うなら、砦の規模に対して警戒が薄い気が。砦の防衛事情の詳細が分からない以上なんとも言えませんが」

「希望的観測を言うなら、弱小領(ウチ)の隣で油断してるのかもね」


 ……もしくはこのリニジア領が、何らかの事態に直面しているか、だ。


 俺たちは周囲を警戒しながら二領を隔てる砦の横を通り抜けようとしていた。

 友好関係にある事もあり、兵力で勝るリニジア側が管理しているとの事だったが……。

 勇者時代、前線の拠点で感じていたような空気が漂っている。

 ……胸騒ぎがするな。

 進むことしばし、通り過ぎた砦が小さくなってもその感覚は消えなかった。

 状況がどう変わっても対応できるよう気を張っていると、不意にミア様が口を開いた。


「ところでリディス」

「はい」

「もう少し揺れないように動けない? 身体が痛くなってきたわ」

「申し訳ありません。ですが……わたしの技量では、これ以上は」

「じゃあ良いわ。シオン、代わって」

「「!?」」

「……なに? 従者の分際で良からぬ事でも考えたの?」

「め、滅相もございません」

「なら問題無いわね」


 直前のジト目を証拠に挙げるまでもなく、その表情は演技だと分かっているのに。

 まさに花が咲くような無邪気な笑みを向けられては、否やの言えるはずもなかった。

 ……思考を空にして平常心を保つ訓練が、まさかこんなところで活きるとはな。


 乗り心地を優先したために速度は多少落ちたが、それでも早馬を追い越せるくらいのペースで進む。

 ほどなくして見えてきたのは小さな村。

 日が沈むまでには余裕があるし、普通なら無視するところだが……。

 兵士たちの影と煙、血の臭い。

 略奪の気配を感じては、見過ごすことはできなかった。


「――いかが致しましょうか」

「そうね……良い情報収集にはなるでしょ。私の顔を知ってる奴なんてそういないでしょうし、物見遊山の旅人と護衛が襲撃者を鎮圧したって設定でいくわ」

「「畏まりました」」

「詳しい話になったら私が適当に誤魔化すから、リディスはそれに合わせるように。シオンは黙ってて」

「仰せの通りに」

「……仰せの通りに」


 まあ、この手のことに不向きな自覚はある。

 だが……こうはっきり言われると、その……落ち込む。


 人目もある事だし手前でミア様を降ろしてから、村に突入。

 そこでは案の定、略奪が繰り広げられていた。

 性質の悪いことに襲撃者は正規兵の恰好をしていた。


 単に賊の悪知恵なら良いんだが。

 そう思いながら敵を殲滅していく。

 数が固まっているところはリディスが突っ込んで一掃してくれるから、俺は取りこぼしを潰していくだけで済んだ。

 純粋な作業量で考えて、フィムフで賊の掃討に当たった時より楽だったな。

 戦闘そのものが大規模なものでもなかったこともあり、片付くのに時間はそうかからなかった。


 後処理を済ませ村人に話を聞いたところ、リニジア領の状況はずいぶん悪いようだった。

 なんでも先月ほどから突然、正規兵が賊のようになって領内の至る所で略奪を働き始めたらしい。

 治安を維持する兵の方が襲撃者となっては、自衛の力もない村民は餌食になる他ない。

 領民は明日をも知れぬ思いで悲嘆に暮れていた。


 なお、やはりと言うべきか兵士たちは洗脳を受けていた。

 解除したカルナによれば、ジャリスたちに掛かっていた洗脳と同じものではないそうだが……。

 正気に返った兵士は償いの意味も込めて村の防衛を買って出ていたが、つい先ほどまでその兵士に略奪を受けていた村民との溝は浅くないようだった。

 そして――。


「――旅の方にこのような事をお頼みするのは筋違い甚だしいと存じております。ですが、恥を忍んでお願いしたい! どうか、砦の同朋も正気に戻して頂けないでしょうか!」

「頭を上げてください。これも乗り掛かった舟です、微力ながらお力添えしましょう」


 ミア様の即答で方針は決まった。

 心情的なものを別にしても、本当にこの村を救おうとするなら必要なことだろう。

 砦は防衛の要。

 それが敵対している現状と味方についた後の心強さを考えれば自明の理だった。

『……なんでキミって戦いが絡むと頭が回るんダろうね』

 ぐ……!

 心底不思議そうに呟くんじゃない! 普通に馬鹿にされるより傷つくから!

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