2.リクレス城
新シリーズ3話投稿の二話目です。
「六年ぶりか……」
遠目に眺めた小さな城は、久々ながら変わらない様子で湖のほとりに佇んでいた。
ここの騎士団長だった父が戦死したとき、それを聞きつけやって来た祖父に拉致され武者修行の旅を続けること数年間。
最期の最期まで――というか死んでなお化物のように強かった祖父も成仏し、晴れてここに帰ることを許された俺は士官先を求めて戻ってきたのだった。
「なーにが六年ぶりダって、シオン?」
「! なっ、……?」
何の前触れもなく、至近距離から聞こえた声に思わず身構える。
そこに居たのは夜空のような色合いの長髪を揺らす黒衣の少女。
なぜ俺の名を?
見覚えはない。そのはずなのに、何かが意識を刺激する。
「いやー、まさかとは思ってたけど……全部忘れてるとか?」
「何の……事だ」
「ヒドい、あの夜はボクに身体の全てを任せてくれたっていうのに!」
「それだけは嘘だ、間違いなブッ!?」
ツッコミにしては謂れのない、しかも強烈な一撃が脳天を撃つ。
衝撃と共に頭の中を駆け抜けたのは……これは、召喚……?
「思い出したかい?」
「――カルナ?」
「正解っ!」
「いや、ちょっと待て。じゃあ、この六年間は……」
「んー? たぶんあの召喚、魂の一部を複製して呼び出す形を取ってたんダと思う。この世界で普通に過ごしてたキミにあの世界から帰ってきたキミが合流した形になるかな」
「なら、あの世界で死んだ勇者たちも元の世界では生きてるってことで良いのか?」
「ダね。複製されて勇者として生きた魂は死んダことに変わりないけど」
「……そうか」
「身体はオリジナルベースダから、そっちに施した改造は全部リセットされてるのが勿体ないなー。まあ魂関連は引き継げてるみたいダし、身体もまた新しいのを試せば良いか」
「今更別に構わんが、披露することはたぶん無いぞ。リクレスの当主は化物を飼ってるなんて事になったら外聞が悪い」
そう言った瞬間、カルナの表情が凍り付く。
放たれるのはどの魔族とも悪魔とも異なる不吉な気配を纏った魔力。
量も密度もそれほどではなく、それ故に異質さと脅威を感じさせる。
「…………契約違反………………」
「お前こそ契約内容を思い出してみろ。改造も実施も俺の同意する範囲内に限ると言ったぞ」
「……うー。――まあ、それなら中を改造するダけダし! 外聞的にも大丈夫な範囲なら良いんダよね!」
「ああ」
「それなら早速この世界のこと教えてよ! 流石に異世界事情まで知らないしさっ」
和らいだ圧力にホッと息を吐き出す。
ここまで見越して契約内容は慎重に組んだから問題はない。
思考を切り替えたらしいカルナは、一転して高いテンションで絡んできた。
――フィラル大陸中央、小さな山々が並ぶレクシア地方。
この地方にはかつてレクシア王国という小国があったという。
しかし二十年ほど前、北方で急速に勢力を伸ばしだしたベクシス帝国の前に敢無く呑み込まれてしまった。
その際に功のあった旧レクシア王国の王弟が総督に任じられ、民は以前とさしたる変化もなく暮らしている。
そこまで険しくはないとはいえ山が多いせいでどうにも田舎臭さが抜けないレクシア地方。
その中でも一段と辺境の高原地帯を治めるのがリクレス家だった。
「……いや、ちょっと待って欲しいんダけど」
「どうした?」
「なんでこっちの身体の方が性能良いの!?」
「――俺の話聞いてた? あと天然モノの身体があんなキメラボディを上回ってたまるか」
「聞いてたけど、それよりこっちダよ! もちろんデバイスとか総合的にはあっちの方が上ダけど、基礎の身体能力はこっちの方が……!」
そう言われてこちらの自分の六年間を振り返ってみる。
魔改造より身体を強化するような事があったかというと、特に心当たりはない。
せいぜい食事から日常の一挙手一投足まで祖父に仕込まれたくらいか。
天武何とかとかいう流派の後継がどうとか言って死ぬ程の訓練を受けたが……今思えば改造の副作用ほどじゃなかったし。
「――これがこの世界の標準なら、乗り換えるのも……でもあれダけ好き勝手弄らせてくれる逸材が見つかるかどうか……うーん……」
空中で頭と身体を捻り過ぎて軽くホラーなカルナは普段通り放置するとして。
昔馴染みの人々が今も健在か分からないのが戦乱の世。
リクレス家先代当主の御子息方とは同い年ということもあって親しくさせて頂いたものだった。
それこそ教育係や家令の目を盗んで冒険に出たことも、子供の遊びとはいえ剣を捧げ忠誠を誓ったことも多々あったが……。
祖父に拉致されている間に先代当主様は急死。そして直後に起きたのが熾烈な跡目争いだった。
家を支える要人たちが次々と亡くなり、終いには先代当主の一人娘ミア様を残して御兄弟は三方とも早逝。
北には未だ勢いの衰えないベクシス帝国、南には名の知れた軍事大国バルクシーヴ、東にはセム=ギズル連邦国。
強国に囲まれた地で思惑が錯綜していたことは疑いない。
……それでも。
確かに良好とは言い切れない仲の御三方だったが、当人たちを知る身としては未だにその惨劇を信じきれないでいる。
挙句、御兄弟を喪われたミア様を、結果的に当主の座を得たからと黒幕呼ばわりする輩まで湧く始末。
自分がどれだけ力になれるかは分からないが、一刻も早く駆けつけないと嘘だろう。
――ん?
改めて決意を固めていると、いつの間にかカルナが姿を消していることに気付いた。