17.リクレス城――11
――ジャリ騎士の洗脳を解いた後。
情報を引き出す場にはミア様も同席することになった。
といっても場所は変わらない。
即席の茶席から、ミア様は格子越しに虜囚へ視線を投げかける。
「…………」
「…………」
なぜか恍惚とした表情でエストさんを見つめるジャリから、ごく自然に目を逸らした。
頭痛を抑えるようにこめかみを抑え、改めてエストさんに目配せをする。
意図を察したエストさんは一歩進み出た。
「――ジャリス・サジョリマ」
「そのような他人行儀な呼び方はおやめください。普段のように駄犬と――」
「真面目な話です」
ジャリの口上を斬って捨てるエストさん。
その声音はまさに絶対零度というか……俺までゾクっとしたぞ。
肝心のジャリは特に堪えた様子も無い。どこか物足りなそうに口を噤む。
「自分が洗脳されていたのは理解していますか?」
「はい。しかしそれもきっと御主人様と出逢う運命の――」
「ならば、洗脳を受けてから現在に至るまでの経緯を、記憶している限り話しなさい」
「畏まりました。……一つ、現在の暦だけ教えて頂けないでしょうか?」
「……碧春の十二日です」
「ありがとうございます。となると……あれは先月、木春の始め頃だったでしょうか……夕食を終えた時、我が城に一人の男が侵入してきたのです」
他でもないエストさんの言葉に意識を切り替えたのだろうか。
先ほどどは打って変わった真面目そうな様子で、ジャリスは話し始めた。
……どこか、俺が見た時とも違う雰囲気な気がする。
これが洗脳のない、この男の本来の姿とでもいうのだろうか。
『シャツ一枚に短パン姿ダけどね』
それは鎧を始めとした装備を取り上げられてから、そのままこの牢に入れられたせいだろう。
「一瞬だったが、おそらくミアも見たんじゃないか? 突然現れてすぐに逃げていった、あの緑色の男だよ」
「ちょっと待て駄犬」
なんでエストさんには敬語なのにミア様にタメ口なんだよ!
思わず口を挟むと、ジャリは路傍の石でも見るような目を向けてきた。
「貴様こそ身の程を弁えろ下郎。僕を犬と呼んで良いのはエスト様だけだ」
「な、んだとッ……!」
「口を慎みなさい駄犬が。シオンも落ち着いてください」
「申し訳ありません御主人様!」
「……すいません」
エストさんに注意された。
ジャリの後に続くような形になったのは癪だったが、大人しく頭を下げる。
「ミア様は我が主。仮にも私を主人と呼ぶなら、ミア様にも相応の敬意を持って接することです」
「御主人様の御主人様……はっ、義主人様!」
「それはやめて」
何を言い出すんだコイツは。
インナー姿で真理に辿り着いた求道者みたいな顔してんじゃない!
ミア様も俺が口挟む隙もないほど即効で拒絶してるし。
「……話を戻します。それで、緑の刺客が侵入してきた後は?」
「有無を言わさず頭を鷲掴みにされて……そのとき、男がもう片方の手に持っていた水晶が光った気がします」
「そのタイミングで洗脳されたと見て良いわね」
「それからは……恥ずべきことですが、ミアさんの騎士の一人と、そして自領の賊と繋がりを持ち。最終的にはリクレスの地を奪おうと画策していました」
「土地を狙っていたのは前からでしょう? 渡さないけどね」
『水晶……この世界にも秘宝は実在するって事かな? たダの御伽話とは違ったみたいダね』
さあ……様々な魔法の力を封じた秘宝の存在は俺も最近知ったが、実物は知らない。
ジャリの話からすると、確かに実在するみたいだが。
野心は前からだろうと思っていると、ちょうどミア様が同じ指摘をした。
するとジャリは本当に心外だという態度で目を瞬かせる。
「え? いえ、元々そんな事考えてはいませんでしたよ?」
「はぁ? そりゃ急に色目使いだしたのは洗脳の後からだけど、援助はその前からしてたじゃない」
「それは単に恩を売る目的で……僕だってそう大きい貴族じゃないですし」
「あー、ゴホン!」
……どういう事だ?
嘘吐いてる素振りが無いぞ?
どう反応したものか分からず固まっていると、咳払いをしてエストさんが仕切り直した。
「結局その緑の刺客、ないしその背後の存在についての心当たりは?」
「不甲斐ない事ですが……」
エストさんの問いに、悔しそうに首を横に振る。
えっと……つまり、元凶に繋がる糸は切れたって事か?




