13.フィムフ近郊
背負ったミア様の指示に従い、ジャリ一行の方向へ進むこと数分。
一応遠慮はしたが、その方が効率優先という主張に押し切られた形だ。
「――そろそろ相手の視界にも入る頃かと」
「そう、降ろしてちょうだい。……ふぅ。とんだ乗り心地だったわ」
む……負担がかからないよう、揺れは完全に殺したつもりだったが……。
馬車と同じレベルの揺れでも再現した方が良かったのだろうか。
そうと知っていれば普段馬車に乗る時に癖を覚えておいたんだが。
俺たちに気づいたジャリ一行は驚いたように速度を緩めた後、スピードを上げてこちらに向かって来た。
「ミア、久しぶりだね」
「お久しぶりです」
おい、馬から降りろよ。とは思ったが仮にも身分のある相手だ。
俺が口を挟むわけにもいかない。
『あれ? ……シオン、もしかして気づいてないのかい?』
なんのことだ?
『いや、それも面白いかもしれないね。自分で考えたらどうダい?』
……?
「――それはまた別の機会に伺うとして。ジャリス様、此度はお供の方々を引き連れていかなる御用件でしょう?」
「い、いや……それより君こそ、こんなところに従者と二人でどうしたのかな?」
カルナは嘘はつかない。
その言葉が気になって周囲の気配を探るも目に見える以上の反応は無し。
となると、示されていたのはミア様かジャリ一行なわけだが……。
違和感があるとすれば、ミア様だろうか。
演技にいつも程の現実味が無いように見える。
言うなれば、被っている羊『猫、ダね』……被っている猫が少ないような印象。
「小さい所用を済ませましたので、城へ戻るところですの」
「ミア……もう、分かってるんだよ」
「?」
「ある筋からの情報があってね。なんでもリクレス領のある村に賊が出没したんだとか。それが何処かは……君も、分かってるだろう?」
「…………っ」
「無事に脱出できたとはいえ、怖かっただろう? 心配ない、君の敵は僕が全て――」
「……ふふっ」
……? 何を言っているんだ、コイツ?
村で起きたことを知ってるのかと思えば見当外れの事を言い出して……。
前から良い印象はなかったが、今のコイツは不気味だ。
俺が警戒していると、俺くらいしか聞き取れないほど小さく笑みを漏らしたミア様が顔を上げた。
「ある筋? いえ、それは無いはずよ。私の行動範囲の不審な人間は全員割れてるの。そこにアンタとパイプを持つ者はいない」
「……!?」
「そしてもう一つ。確かに賊は現れたけれど、すぐに鎮圧したわ。アンタのその中途半端な情報は何を根拠にしてるのかしら?」
「君は、何を言って……」
あれ? ミア様、演技はいいのか?
不意に現れた素の態度に驚いている間に話は進む。
「その上で訊きたいのだけれど。完全武装の郎党連れて、許可もなく私の領地に踏み入って、何の用?」
言っている内容はさっき尋ねていた時と同じ。
しかし今は凄みが段違いだ。傍らに控えている俺でもそう感じるのに、正面から相対するジャリが受けたプレッシャーはどれ程だろうか。
「み、ミア……」
「汚い口で私の名前を呼ばないでくれる? アンタが言えないなら当ててあげる。フィムフの騎士と通じて賊を招き入れた罪人、ジャリス・サジョリマ」
いきなり羊を『猫ダって』全部取り払ったミア様にたじろぐジャリ騎士。いや、ミア様によると一応領地を持つ貴族らしいが。
それで……二人は何を話してたんだ?
『ヒント、キミの御主人サマの最後のセリフ』
ジャリ騎士が……黒幕……!?
『……キミ、勇者してた時はもっと賢くなかったっけ』
そうか?
『………………人付き合い無かったから目立たなかったダけ、ダったね……』
俺がカルナと話していると、ジャリ騎士の様子も変化していく。
表情から狼狽の色が薄れ、その口元が醜く歪みだした。
「そうか、それがお前の本性か」
「アンタも安い演技はお終い?」
「チッ……つくづく気にいらない。下手に出ていれば付け上がって」
「鏡を見て言いなさい」
「このっ……状況を理解しているか? 大人しく領地を捧げて跪け。そうすれば少しは丁寧に扱ってやるかもな」
「は? 気でも違った?」
「こちらのセリフだ。どうせ賊相手に手も足も出ず逃げてきたんだろう? ――お前ら、掛かれ! 男は殺しても構わん!」
な、なんだ?
どういう流れかは知らんが、雄叫びを上げた騎士たちが得物を抜いて襲いかかってきたぞ!?
俺が状況についていけないでいると、なぜか頭を抱えるカルナの姿が脳裏に浮かんだ。