129.ネルディア――4
「…………」
洗脳に用いられていた結晶、その本体の反応は塔からさほど離れていなかった。
おそらく周囲で大規模な戦闘が起きていなかったのも意図されたものなのだろう。
博物館の中に踏み込むと、そこは兵たちとは異なる格好をした人間に守られていた。
『症状は……バルセって言ったっけ? 彼の時と同じダね』
外の奴らに比べれば理性は残っている、と。
『振る舞いはそうダね。……ま、キミには関係ない事か』
おそらくは塔の地下に囚われていた者たち。
曲者ではあるのだろうが……所詮は洗脳下という事もあり、障害には成り得なかった。
「本体」の元を目指しつつ遭遇した奴は例外なく捕縛していく。
辿り着いた先は、遺跡から発掘されたものを展示している一室だった。
敢えて気配は隠さず踏み入ると、振り返ったのはバルクシーヴの軍服を着た初老の男。
その手の中では拳大の金属球が不気味な威圧感を放っていた。
「む……何用だ」
「この街の混乱を収めに来た」
「なに――っ」
背天邪流、欺踏。
一瞬で距離を詰め、上空から鞘に納めたままの剣で脳天を打つ。
まだ立ち上がろうとしていたのは流石というべきだが、それも更に一撃加えると動かなくなった。
近づいて来る人間の気配は……無いな。
それを確かめると、実体化したカルナがすかさず金属球を回収。
次いで男の記憶を探り始める。
今の俺に出来るのは周囲の気配を探る程度。
外の助っ人に向かおうにもこの場を離れるわけにはいかない。
もどかしく歯痒い時間に耐える事しばらく、カルナが男を放り出して手を払った。
「お待たせ。解析終了ダよ」
「洗脳は解けたか?」
「もちろん。それと、これで仕上げさ」
カルナは傍に展示されていた石碑に歩み寄ると、その表面に軽く触れる。
砕け散った石碑の中から現れた紫色の板は例によって異空間に収められた。
カルナの説明によれば、この紫板が人々の判断力を鈍らせていた元凶。
そして男の持っていた金属球が地下監獄の囚人、そして外で軍を率いる統率格の人間を洗脳していた秘宝らしい。
それは今こうしてカルナの手に渡ったわけだが……。
「……悪用するなよ」
「なに言ってるのさ。こんな玩具を使うくらいなら、自分でやった方が速いし確実ダよ」
「分かってる、あくまで念を押しただけだ。それよりコイツは何者なんだ?」
「キミでも察しはついてると思うけど、連邦の刺客さ。もっとも、この国の中枢にもかなり食い込んでたみたいダけどね」
「そうか」
倒れている男も他の連中同様に縛り上げたうえで転がしておく。
そのまま部屋を後にすると、カルナは意外そうな顔でついてきた。
「おや、もっと色々聞かれると思ってたんダけど」
「それが必要な時が来たら教えてくれればいい」
「ふぅん?」
「人目につくと面倒だ。そろそろ引っ込んでろ」
「はいはい、っと」
俺の思考など文字通り筒抜けだろうにカルナは白々しく首を傾げてみせる。
外ではまだ混乱が続いていたが、戦闘はほとんど収まっていた。
この分ならこの町で俺がやるべき事はもう無いだろう。
だが……。
秘宝の干渉が無くなり幾らか落ち着きを取り戻した空気。
その向こうに、まだ払うべき困難の気配があった。




