128.ネルディア――3
元々ここがどういう空間なのかは分からないが、感知できた気配は二つ。
ただ……方向は分かっても、辿るべき道筋までは特定できない。
それを零すと、ウェンディは首を傾げた。
「気配が……二つ? それはどれ程の範囲での事だ?」
「この地下全体ですが」
「それは妙な――っ、そういう事か」
「?」
「本来なら極秘事項だが……ここまで踏み入ったのだ、今更か」
彼女が言うには、ここは元々表には出せない類の犯罪者を捕らえておくための監獄らしい。
それがほぼもぬけの殻という事は、つまり……。
「つまり……?」
「あの水晶がどれほど貴重なものなのかは分からないが。最悪の場合を考えるなら、ここに居ない囚人たちは既に敵の手駒と化している可能性もある」
「なるほど……」
それが国であれ敵であれ、管理されているなら目下の脅威になる事はないだろう。
いずれウチの密偵とかち合うような事態に繋がるようなら多少厄介だが、今は頭の片隅に留めておく程度で十分か。
まず考えるべきは残っている二人の囚人。
ウェンディの予測から逆に考えれば、この二人も洗脳に抵抗できたと見て良いだろうが……助けるか、それとも後回しにするか。
カルナを頼れば最短ルートは割り出せるとはいえ、今更な面もあるがあまり貸しは増やしたくない。
「シオン、道は分かるか?」
「残念ですが、大まかな方向しか」
「うぅむ……」
ウェンディが足を止める。
だが、考え込む時間はそこまで長くなかった。
唸りを止めると、ウェンディは何かを決心した様子で口を開く。
「念のため二つ確認したい。ここには既にその二人以外の囚人はいないのだな?」
「はい」
「シオンにはその二人の方向が分かるのだな?」
「ええ」
「その方向を教えてほしい。この剣で道を開く」
「畏まりました。お力添えします」
「……感謝する」
そんな事をして大丈夫かという懸念も頭をよぎったが、捕らえておくべき囚人もいないなら実害にはつながらないか。
用件さえ果たせば証拠も無い事だし、破壊についてはいくらでも言い訳が効くはずだ。
幸い、二人が居た方向は同じ。
距離もそれほど離れていなかった事もあり、斬撃を放つのは一回で済んだ。
邪魔な壁を切り崩し、順調に二人の囚人……円卓とやらの政務官たちも救出する。
『ふむ……』
どうした?
『ベオンとリィケ、ダっけ? この二人の血筋とか訊けるかい?』
この状況じゃ無理だな。
洗脳が効いてなかったのと関係あるのか?
『そんなとこかな。正確にはその理由のとこダけど』
……?
カルナにはこの二人に何か思うところがあったらしいが、俺から見たら一般兵より少し強いくらいの老人にしか見えない。
彼らには俺の事は外部からの協力者とだけ伝え、ついでにこの破壊はウェンディによるものだという事にして説明を済ませる。
この塔に入る前のネルディアの状況を聞き、三人は厳しい表情を浮かべていた。
「人々を操っている敵についてはこちらで処理します。皆様には事後処理をお願いしたく」
「いま何と申した?」
「本気で言っておるのか」
「無論です」
「虚言の類ではないようだが。どれほどの時間で済ませるつもりだ」
「半刻もあれば十分かと。ただ、単に敵を倒しただけでは洗脳を受けている方々にどう影響するかまでは推測しかねます」
「……そこまで含めての事後処理、というわけか」
「ええ」
二人の政務官は俺の正気を疑うような反応を見せるが、カルナによれば回収した水晶から「本体」の位置は割り出せているらしい。
そしてその本体に接触できれば、直近の使い手まで迫る事も容易い、と。
カルナの言葉を抜きにしても、そこまで貴重な秘宝を分散させているとは考えにくい。
勝算は十分にある。
「……貴殿には済まぬが、素直に信じる事は出来ぬ」
「我らは我らとして最善を尽くそうと思う」
「それでも構いません。ただ、どうかご無理はなさらぬよう」
「それは私の台詞だな」
「……助力には感謝する」
どのみち、大勢だと俺も動きにくい。
地上に出たところで政務官の二人はウェンディに任せ、別行動を取る事になった。
政務官たちも動けないわけではないし、不覚を取る心配は無いだろう。
最後に短く言葉を交わすと、俺はネルディアまで来た時と同じ要領で上空へ飛び上がった。




