126.ネルディア
バルクシーヴでは民間人からお忍びの貴族にまで広く普及しているという服に着替えてリクレス城を出発。
食事については身体を動かすだけの魔力とエネルギーをカルナから受け取れるし、得物も同様だ。
目指す首都ネルディアはバルクシーヴの中でも南寄りに位置している。
以前ザボロスに駆け付けた時のようなペースでは辿り着く前に力尽きるし、そもそもとりあえず敵を全滅させればよかったあの時とは話が違う。
「なんダ、変身するのかい?」
「しない」
周囲に人がいないのをいいことに実体化してついてくるカルナの戯言を切り捨てる。
目の前にはいつだったかキロード軍も進軍してきた切り立った山道。
そこを真っ直ぐに突っ切り、宙に身を躍らせる。
同時に魔力で形作った翼を広げ、更に俺の姿そのものが目に映らないよう偽装する。
「これなら物理的に翼生やしたって変わらないじゃないか」
「服が破れるだろ」
「それくらい直してあげるのにさー」
……これならもう少し加速できるか。
カルナと軽口を叩きつつ、宙を蹴ってさらに速度を上げる。
脳内に広げた地図を頼りに直進すること二日あまり、俺は無事に目的地へ辿り着いた。
双剣を腰に提げ、一応フードを目深に被って顔を隠す。
首都に入って最初に気が付いたのは、空気に混ざる不快な臭気だった。
『薬品を撒いてる、ってわけじゃないね。かといって魔法とも違う』
秘宝か?
『多分そうダろうね。もっとも、コレ自体に洗脳効果は無いみたいダけど』
効果は……判断力の低下、といったところか。
水鏡を張れば気にもならない程度だし、少し訓練を積んでいれば惑わされる事は無いだろうが。
『ま、これダけでこんな有様にはならないよね』
カルナの思念とほとんど同時、気の型「潰威」の殺気を浴びた一団が崩れ落ちる。
秘宝の効果が裏目に出ているのか、精神的な耐性は普通より低下しているらしい。
「な、何者だ!」
「………………」
口を開けばボロが出る。
理性を保っているように見えた奴ら……倒れた一団と戦っていた連中のリーダーの声は無視し、横たわる中で最も後方にいた一人に歩み寄る。
『ふむふむ』
情報は得られたか?
『十分ダね』
それは幸先がいい。
カルナの返事に頷きその場を離れる。
出立前に聞いていた状況からすると、到着した頃にはもう首都が陥落しているくらいは想定していたが……実際は違った。
確かに操られていると思しき勢力が優勢ではあるが、まだ各所でまともな戦闘が散発的に発生する程度には抵抗が成立している。
大国と言われながらこのザマと貶すべきか、状況の割には大国らしく持ちこたえていると褒めるべきか……まぁ、今考えても仕方ない事か。
カルナによれば、洗脳を受けているのは暴走する集団ごとにそれを率いている一人のみ。
それも単調な命令に従うだけで理性はだいぶトんでいるらしく、大味具合から考えればどこかに本体が存在しているのは間違いないそうだ。
『さっきの感じダと、ダいたい方角はあっちの方かな』
こういうのは中央に置くのが一番効果的だって相場が決まってるからな。
それに……。
『それに?』
ウェンディに贈った剣の反応も同じ方向にある。
本体とやらも見つかるならそれが最上だが、本来リクレスとしては彼女の救出が最優先だからな。
『それもそうダねー』
反乱軍側の集団を通りざまに無力化しつつ、反応の元へ最短経路で向かう。
見えてきたのはバルクシーヴの中枢議会「円卓」の置かれている、ネルディアで最も巨大な塔だった。