124.リクレス城――106
――余所者の気配。
空を見上げると、矢では届かないギリギリの高空を一羽の鳥が飛んでいた。
リクレスには棲息していない種類だが……その足を見ると、見慣れた印章がついている。
セイラ宛ての連絡か。普段と違う鳥なのが気になるが、深く考える程の事でもないだろう。
気を取り直して、俺は朝の領地巡回に意識を戻した。
しかし、戦において情報は非常に重要な要素だ。
今回のような伝書鳩の類を見かけたら確実に撃ち落とすか……理想を言うなら証拠を残さないように意識を刈り取り、連絡の内容だけ確認して目的を果たさせるのが最善。
矢の射程外でも、シャーリーくらいの実力があれば投擲で仕留められるだろう。
今度の訓練の時にでも習得させておくか。
そんな事を考えながらパトロールを終え、城に戻る。
今回も成果は概ね普段通り、四人一組の侵入者が二グループというものだった。
風呂で軽く汗を流した頃、ミア様の呼び出しを受けて執務室へ向かう。
注文を受けて紅茶に合う甘味を持ってきた時、執務室の戸を叩く者がいた。
「セイラ・エルマータです」
「どうぞ」
部屋に入ってきたセイラの様子は、一見して普段と変わりなく見える。
だが微かな違和感に目を凝らしてみれば、普段は力を抜いて自然体を保っている身体の動きに僅かなぎこちなさがあった。
先ほど届いていた連絡に関係しているのだろうか?
そんな事を考えていると、セイラは単刀直入に話を切り出した。
「――本国が、内乱状態に陥ろうとしています」
「……へぇ?」
「執政官の五人が軍を動かし、残る七人を拘束。主張はセム=ギズル連邦との同盟のため、内輪揉めで時間と兵力を消費するのを嫌ったというものです」
「で、貴女の主は拘束された側ってことね」
「……はい」
「事情は分かったけど、貴女の用件は何なのかしら?」
「主を救うため……シオン殿の御力を、貸して頂きたい」
俺の?
急に名前が出てきて驚いたが、セイラの頼みなら断る事もないか。
だが、ミア様はセイラの言葉には答えず問いを重ねる。
「それはバルクシーヴとしての依頼? それとも貴女個人の嘆願?」
「……貴女の望む通りにお受け取りください」
「なら私もこう返す他無いわね。――貴国はこのような田舎の一使用人に何を求めていらっしゃるのでしょう? 申し訳ありませんが、私の民に死んでこいと命じるわけにはいきませんわ」
「っ……!」
性悪と言う他ない笑みと共に、ミア様はわざとらしい口調でそう宣告する。
彼女とは対照的に、セイラの表情は傍目にも分かるほど強張っていた。
最初の質問と返答前の一言から考えれば、セイラの答えが悪手だったのだろうとは思うが……その事に思い至っているようには見えない。
ミア様はその様子を見ると、表情を真面目なものに切り替えた。
「第一、貴女の行動は随分と軽率よ。ウチに他所様へ干渉するような力は無いけど、人脈は大事にしてるの。明日にもヌルド領あたりが連合を組んで混乱の隙を突くかもしれないのよ?」
「本当に明日であるなら、それさえ歓迎すべき事態でしょう。状況は一刻を争っています」
セイラの声は本気だった。
焦燥に駆られているのは確かだが、判断能力が働いていないわけでもない。
溜息を一つ吐くと、ミア様は持っていた書類を脇にどけた。
「どうせならもう少し情報を流してもらいましょうか。そちらの状況はそこまで差し迫っているの?」
「反乱軍は抑えた執政官の身柄を盾に、彼らの部下たちに対し無条件の降伏を迫っているそうです。そして既に軍の半数は無力化されようとしていると」
……無力化されようとしているってのがどれくらいの状態かは分からないが、伝令に使われた鳥の速度から考えれば今頃には既に無力化されたのだとみていいだろう。
裏切り、そして奇襲というべき形に加えて数の利まで失われたとなれば制圧は時間の問題。
部下を無力化できれば用済みになった執政官が無事で済むとは思えない。
……なるほど、セイラが焦るわけだ。
「そして、状況の解決をシオンさんに依頼したい大きな理由があります」
「言ってみなさい」
「これは乱心した執政官についてなのですが……以前こちらで狼藉を働いた獅炎一刀流の武芸者。彼同様の洗脳を受けている可能性が高いです」
「根拠は?」
「単に彼らの主張がセム=ギズルに利するものなのが一つ。もう一つは、今回の動きがあまりに彼ららしくない為です」
「それはまた随分と主観的な断言をするものね」
「本国では主の付き添いとして接する事も多かったもので」
話しているうちにセイラはある程度持ち直してきたらしい。声音にも落ち着きが戻ってきている。
そんな彼女の言葉を聞いたミア様はしばし黙考する。
幾分か温度を下げた視線から、次の言葉が否定的なものになるのは察せられた。
「どうせ内々の話だし言わせてもらうけど。首尾よく事態を収められたとして、私たちに何の得があるっていうの?」