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123.リクレス城――106

 翌朝、隣で眠るミア様の寝返りで目が覚めた。

 周りに密偵も居ないし、まだこの部屋を出るわけにはいかないか。

 その場で出来る範囲内で身支度を整えていると、小さく声を上げてミア様が身を起こした。まだ眠気を残した顔がふにゃりと緩む。


「あら、シオン……おはよう」

「おはようございます」


 普段の自らを完全に律した力強い表情とのギャップを意外な思いで見ていると、その表情がはっと引き締められる。


「と、ところで密偵って今もいるの?」

「今朝は居ないようですね」

「そう……ならいいわ」


 朝日こそ山の間から覗いているが、外はまだ暗い。

 城の通常業務が始まるのだってもう少ししてからだ。

 もしかしてミア様は、少し前までのような多忙な時でもこれくらいの時間に起きていたのだろうか。

 そんな事を考えていた俺に、ふとミア様が声をかける。


「ところでシオン」

「如何いたしましたか?」

「リディスとも同じような事があったでしょ」

「ええ」

「……やっぱりね。それで? 他にもそういう奴はいるの?」

「いいえ」

「ふーん……」


 尋ねてきたミア様の様子は普段通りのもので、その胸の内は読み取れない。

 ルビーはどれだけ知っているのか、リディスはどのような認識でいるのか等の事を幾つか聞くと、ミア様は改めて熟考するような仕草をみせた。


「……まぁ話はこっちでつけておくわ。ただ、万が一他の奴とこういう事があったら、深い関係になる前に私に話を通すこと」

「畏まりました」

「それと……そうね。少なくともリディスと私は、アンタの考えを受け入れた上でこうなる事を選んだの。アンタはそれだけ覚えてればいいわ」

「仰せの通りに」


 よく分からないが、特に従って問題のある事ではないだろう。

 俺の返事に頷いたミア様は、思い出したように付け加えた。


「ああ、弟子にでも聞かれたって設定で質問に答えなさい。アンタにとってルビーは?」

「自慢の弟子の一人で、生涯の愛を誓った妻です」

「リディスは?」

「古くからの知り合いで、頼りになる同僚です」

「私は?」

「忠誠を捧げた、守るべき主です」

「よろしい」

「…………?」


 今度の質問は、さっきにも増してどういう意図なのか測りかねるものだったが……なんだったのだろうか。


『実際二人は共犯みたいなもんダし、強く言える立場じゃないよねぇ。ま、キミが心配する事は無いんじゃないかな? 追っかけとご主人サマに感謝するんダね』


 ……問題が無いならそれでいいか。

 言及された二人がリディスとミア様の事だというなら、感謝しないといけないのは今に始まった話じゃない。


 その後ミア様がエストさんと執務室で公務に取り掛かったこと、密偵たちが護衛に戻った事を確認して俺も自分の仕事に向かう事にした。

 もう領地を見回っても他所からの侵入者はほとんど居ないが、それだけ見落としの可能性も上がっている事になる。

 捨て駒と分かっていてもまだ送り込むほど人員に余裕があるのだろうかと考えつつ、ついでに私兵として訓練を続けさせている元賊たちにも目を通しておく。

 純粋な体力の方は十分だし、単純な訓練しかさせていないぶん技術や総合的な戦闘能力は弟子たちに一歩劣る。

 正規の戦力とのパワーバランスを考えるならこれくらいでちょうどいいだろう。


 空いた時間は焼き菓子を作って調節し、ジャード使節団もいなくなった事で久々に遠慮なく騎士たちの訓練を行う。

 聞くところによれば、例によってミア様の気紛れ……という体裁で、軍単位での模擬戦を行うための建物を建築予定らしい。

 その時に備えて、今回は兵の運用について指南する座学的な内容も行った。

 身体を動かした後というのも大きいんだろうが、焼き菓子が思いのほか好評だったな。今度はもっと多めに作るとしよう。


 各地で活動するルビーたち密偵のおかげで保たれている平穏の中、いずれ危険が迫った時への備えを培う日々。

 そんな毎日は、思ってもみなかった方向から脅かされる事になった。


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