121.リクレス城――104
「公賊……ですか?」
「ええ、そうよ」
客人の監視を密偵四人と代わる形で、俺はミア様の執務室に呼び出されていた。
物騒な訪問者についての説明で最初に出たのは耳慣れない単語。
「と言っても、裏でそう呼ばれてるだけね。アイツらがセム=ギズルの正式な使節なのは事実よ。……リディス」
「はい」
ミア様の指示でリディスから手渡されたのは一枚の紙。
題には「ジャード使節団が訪問時に立ち会った事故一覧」とある。
ジャードというのは……今回訪れた使節団のリーダーを務めていた、目つきの鋭い男の事か。
乱心した護衛が主に危害を加えた、ある領主が見送りの際に階段から転落して全身を強打した、使節団を侮辱した使用人が手打ちにされた……等々。
使節を迎えた人物、或いはその周辺の誰かが死傷したケースが、実に数十件は並んでいた。
ジャード使節団とやらは相当不吉な集団らしい。
「アイツらが不吉な集団らしい、なんて思ってないでしょうね?」
「そ、それは……」
「……はぁ。いい? 要するに連中が邪魔な人間を見せしめに痛めつけて、公的には適当言って責任逃れしてるってわけ」
「なっ――!」
「被害者が訴えても使節団が口裏を合わせれば証言は一対一。武力じゃセム=ギズルには敵わないし、酷い時は難癖つけて向こうから攻め入る口実にしてくるって寸法よ」
どのような神経をしていればそんな発想が出来るのか。
だが、ミア様の言葉が事実なら抱いていた疑問にも納得はいく。
だとすれば、一秒でも早く奴らをリクレスの地から駆逐しなければ――。
「早まった真似はよしなさい、シオン」
「しかし……!」
「仮にジャードたちを始末したって別の誰かが同じ役割を引き継ぐだけ。それにそこまで分かってて、私が何の対策もしないと思う? とっくに堅気は引っ込めてるし、奴らの動向は把握済みよ」
殺気は消していたはずだが……俺の考える事などミア様にはお見通しだったらしい。
ミア様が打った手は三つ。
一つはいま言ったように、自身の身を守る力の無い使用人を使節団から切り離す事。
一つは密偵たちに、使節団の連中が余計な事をしないよう牽制させる事。
そして最後に、こちら側の証言者としてベムテ領、そしてバルクシーヴの勢力を引き入れる事。
「特に大きいのはバルクシーヴがこっち側についたって形に出来る事ね。そうそう、人数を水増しする為にアンタの弟子を二十人程度セイラのとこに鞍替えさせたから」
「畏まりました」
それでも秘密裏に何か仕込もうとするくらいは狙ってくるかもしれないが、手を出す隙を与えなければ奴らも直に引き返していくだろう……というのがミア様の見立てだった。
「こんな田舎の弱小領地に正式な使節を出すなんて、あっちにも屈辱でしょうにね。それで注目されるこっちもいい迷惑だけど、精々良いように利用させてもらうわ」
ミア様が頭の中にどのような展開を描いているのかはさっぱり分からないが、この状況など取るに足りないものらしい事は伝わってきた。
俺には理解できない世界の事だからこそ、その余裕を頼もしく思う。
「――ま、そういうわけだから。ジャード使節団の方々がお帰りになるまで、アンタは単独行動禁止ね」
「……仰せの通りに」
一人でもトラブルを起こすような事は無いし、むしろ容易く片付けられると思っているんだが……。
さも当然と言った風に付け加えられた最後の指示だけは、どうにも釈然としないのだった。