12.フィムフ村――3
残党……かどうかは分からんが、屋敷内に残っていた騎士の使用人たちも捕縛。
一応、襲い掛かってきた騎士の手勢とは別にしておくか。
ミア様は少し一人にするよう言っていた。
確かに今の俺が出来ることは何もない。
しかし、本人の望みとはいえミア様を一人にして本当に良いのかという迷いもある。
ミア様の民からの評判は良いとは言えない。それは事実だ。
だが、ミア様が誰より民の為に働き、どれほど民を慈しんでいるかはこの目ではっきりと見てきた。
その事だけは誰にも否定させない。
……だからこそ、その民を傷つけられたミア様を何とかして支えたい。
『――悩んでいるようダねぇ』
いや、別に。
『え?』
出来ることが無いからって、主を放っておく理由にはならないだろう?
『そもそも一人にしてって言われたのに入るのは――』
……鍵がかかってるな。
この際だしカルナにも言っておくと、本気でミア様について行くのが許されない時は……。
『ん? シオン、まさか……震えてるの?』
……本当に駄目な時は、分かる。
幼少期にものでも……トラウマって、風化しないものなんだな……。
『あのキミが、自分の事でそこまでビビるとはねぇ。それでどうするんダい? 流石に扉を斬って押し入るとは言わないと思うけど……言わない、よね?』
いや、そんな事したら怒られるだろ。
――天紗の型、透灑。
形容しがたい一瞬の後、俺の身体は扉をすり抜け部屋の中にいた。
『ッ!? 今、何した!?』
どうした?
なんだかんだで短くない付き合いだが、カルナがここまで狼狽するのは初めての事だ。
『…………。今の壁抜け、魔力は使ってなかったよね? でも、魔法以外で出来る芸当じゃないはずダ』
開祖曰く、いつ断絶してもおかしくない高難度の技。
身体の細かな動きに精神と、理屈では測れない部分にコツがあり、俺も常に成功するとは限らない。
『…………』
何か考える事が出来たのか黙り込むカルナを意識の外に追いやる。
正面では、ミア様が呆気にとられた様子で目を丸くしていた。
「……昔っから、シオンは変わらないわね。まさか扉をすり抜けてくるとは思わなかったけど」
「忠義です」
「返事にもなってないわ」
「失礼致しました」
「ふん。……それで、何か用でもあるの?」
「では一つ昔話を。……いえ、昔話とは違うかもしれませんね。友人から又聞きした程度の話です」
「?」
「なんでも、涙を流すのは傷を癒すのと同じことなんだとか。我慢して飲み込むと身体に悪いそうです」
「領主を見縊らないでくれる? ……まあ、今回の功績に免じて記憶の片隅くらいには留めといてあげても良いけど」
「恐縮です」
これは、今回は出過ぎたかもな。
ミア様は俺の想像以上に強くなっていたらしい。
大きく深呼吸すると、ミア様は勢いよく振り返った。
「さて、それじゃ捕縛した有象無象の処理ね。準備もあるし、ひとまず城に戻るわ」
「畏まりまし――?」
「どうかしたの?」
その時、感知圏に新たな反応が引っかかった。
完全武装して騎乗した集団が三十人ほど。
この気配は……いつかのジャリメッキか?
嫌な感じの喜びというか、高揚みたいなものも感じる。
その進行方向は何の偶然か俺達のいるフィムフ村だった。
「……シオンみたいな戦闘馬鹿の類って、みんな人間辞めてるもんなの?」
「私には分かりかねますが……こと武芸に関して余人に後れを取るつもりはありませんね」
「へぇ、言ってくれるじゃない」
ジャリス・サジョリマことジャリの接近を伝えると、何故かミア様は呆れ顔で俺を睨んだ。
少なくともこの身体は人間のままだけどな……。
魔力に頼ってるところも大きいし、流石に生身で村周辺までカバーできるのは俺くらいのものだろう。
魔災を操る魔人なんて、それこそ御伽話くらいでしか知らないし。
「ホント今日は千客万来ね。シオン、フィアンセの出迎えに行くわよ」
「畏まりました。馬はどうします?」
「シオンの言う距離ならわざわざ使うまでも無いわね。エスコート宜しく」
「お任せください」
災難は畳みかけてくるものだって言うが……面倒なものだ。
それにしても、このタイミングでジャリは何しに来たんだ?