118.リクレス城――101
プロポーズが受け入れられた翌日、俺とルビーはミア様の執務室を訪れていた。
リディスとエストさんの姿は無い。
二人が通常の業務に出られるくらい、最近の状況には余裕があるのだろう。
「――ミア様。少々お時間頂いてもよろしいでしょうか」
「構わないわ」
「婚姻の手続きをお願いします」
「……ちょっと待って」
一拍の間を置いて、ミア様の手が止まる。
書類を横にどけると、ミア様は顔を上げてこちらを見た。
「婚姻って……誰と、誰の?」
「私とこちらのルビーです」
「……アンタいつの間に…………まぁ、うん。話は分かったわ。手続きとか色々面倒だから、後で追って連絡させましょう」
「畏まりました」
生憎これまでの人生で全く縁が無かった為、こういう式がどのようなものになるのか知識も情報もまるで無い。
誰か適当な既婚者でも捕まえて話を聞いておくべきかもしれない。
そんな事を考えながら退室すると、隣でルビーが大きく息を吐いた。
「大丈夫か? 緊張してる様子だったが」
「ああ、問題ない。シオンこそ、昨晩とは違ってもう普段通りなのだな」
「『水鏡』張ってただけだ。あまり格好悪い姿を晒したくはない」
「そうか……ふふっ」
「どうした?」
「いや、なんでもない」
とりとめない会話の後、ルビーは使用人として庭の手入れに。
俺はメアリ配下の騎士たちの訓練に向かった。
「せぇい!」
「やぁああっ!」
「特に勘は衰えてないようだな。良い事だ」
「くっ……」
「まだまだ!」
少し身体を動かした後、乱取り形式で各々の動きを見る。
数日とはいえ、鍛錬を怠ればそれは如実に現れるものだ。
この分だと全員きちんと訓練は続けていたらしい。
そろそろ大方の面子の戦力は頭打ちになってきた。
まだ身体能力に伸びがあるのはサシャとフィアナくらい……いや、シャーリーもか。
シャーリーはサシャたちと他の騎士の中間に位置するくらい。
相変わらずの様子を見るに、訓練も今までと同じ形の取り組み方だったのだろう。
特別メニューはカルナが評して曰く、人間としての限界を強引に打ち破る無茶苦茶な所業らしい。
俺も最初に課された時に祖父の正気を疑った事は忘れられないし、シャーリーもこの調子では直に見切りをつけるだろうと思っていたのだが……。
こいつならこの半端な調子を保ったままずっと成長しかねない、気もしてきた。
今はまだ、戦場でメインになるのは他の騎士たちか。
彼女らに関しては今の戦力をキープしつつ、様々な形での戦闘経験を積ませるのがいいだろう。
ある程度パターンが構築されてきた動きを揺さぶるように、こちらもまた適当な武芸者を想定した動きを組んで攻撃を仕掛ける。
騎士たちの動きが鈍ってきたところで、俺は終了の号令をかけた。
「――そこまでっ。サシャとフィアナはまだやれるな?」
「……勿論です」
「ああ」
「ついでだしシャーリーも続行だ」
「そんなぁっ!?」
悲痛な声を上げたシャーリーにはそれとなく手心を加えつつ、人数を絞って更に手合わせを続ける。
……これがカルナの言う、種族の限界を超えるという事か。
三人の剣には、力が入っている。そんな印象を受ける。
この三人なら密偵が相手でも良い勝負になるだろう。
他の騎士たちより一段階上の動きでしばらく打ち合い、三人にも限界が見えてきたところで切り上げる。
「ああ、そういえば。お前たちの中に既婚者はいるか?」
「いえ、リクレスに来ている中には居ませんけど」
「突然どうしたんですか? もしや意中の女性でも!?」
「意中の、というか……婚姻手続きの申請はしてきたんだが」
そこまで言うと、騎士たちの間から黄色い歓声が上がった。
さっきまでの疲労はどこに行ったのかという勢いに気圧されつつ、どうにか式についての情報を求めている事を伝える。
「それなら力になれると思いますよ! アタシ親戚の式に呼ばれた事あるので!」
「情報なら私も結構知ってますよ!」
「というかシオンさんのお相手について詳しく聞きたいです!」
「わ……分かった。日付はこっちで調整するから、また今度頼む」
結局、後日空いた時間を使って彼女らにサロンとして提供されている部屋を訪ねるという事でその場は逃れた。
こちらから話を出した以上、突っぱねる事も出来ないが……厄介な事になりそうだ。